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「……シャンについての説明はこれくらいにしておこう」
遊間はぎこちなく背筋を伸ばすと、再び
「さて、残る問題は移植された記憶の本来の持ち主、つまり殺人事件の犯人は一体どこの誰なのか、ということだが……」
そういうと、遊間は私の方に向き直った。
「それを解き明かす鍵となったのは、悪夢についてのきみの証言だった」
私の瞳をじっと見据えながら、遊間は説明を続ける。
「僕は個人的な理由から、ある犯罪組織を追っていてね。常日頃から、国内外で起きた事件についてはプロファイリングしているんだ」
「ある犯罪組織?」
その一言が妙に気になってしまい、つい口に出してしまう。
だが、遊間は私の言葉には気付かなかった様子で話を進める。
「つまり、この僕の悪魔的な頭脳には、古今東西、あらゆる事件の情報がインプットされているわけだ。少なくとも、全国区で報道されるような事件についてはね」
遊間は右手の人差し指で自らの頭をトントンと叩いて見せた。
「しかし、きみが見た悪夢に当てはまる事件は、残念なことに僕の脳内データベースのどこにも存在していなかった」
遊間は心底悔しそうな表情を浮かべた。
「では、きみの悪夢が見せた事件は、実際には存在しない幻の事件だったのだろうか?」
私は無言で首を横に振った。
「ああ、その通り。答えは、否だ」
遊間はゆっくりと頷いた。
「では、なぜ、その事件の情報が僕の犯罪データベース上に存在していなかったのか。まさか、事件がいまだ発覚しておらず、報道すらされていないということだろうか」
いや、と遊間は続ける。
「子供が一人亡くなっているという時点で、その可能性は限りなく低い」
遊間は小さくかぶりを振った。
「とすれば、もう一つ考えられるのは、何らかの理由でその事件の報道がごく一部の地域だけに差し控えられていたという可能性だ。たとえば、被疑者が未成年である、などの人権的な配慮でな」
確かに、犯人が未成年であり、かつ更生の意思を示している場合、その社会復帰の妨げにならないよう警察機関がマスコミに対して報道の自粛を求める場合があると聞く。
図書館で見つけた新聞によると事件は今から約二十年前に起こった出来事で、犯人も当時中学生だったはずだ。
「そして、怪異の正体がシャンであると仮定するならば、事件はこの神落市周辺でかつて起こったことであり、さらにその事件の犯人は今もこの神落市周辺に潜んでいる可能性の高いことがわかる」
「え? どうして怪異の正体をシャンであると仮定すると、犯人が神落市周辺に潜んでいることがわかるんですか?」
私は純粋な疑問を口にした。
それを受けて、遊間は、ああ、と思い出したように補足する。
「これは先ほど説明しなかったことなのだが、シャンには帰巣性……つまり、特定の住みかから遠く離れても、再び元の場所に戻ってくるという性質がある」
「蟻やミツバチなどが持つ、あの帰巣性ですか?」
「ああ、そうだ。その性質によって、シャンに寄生された人間もまた、シャンの生息地から遠く離れることが出来なくなるという」
なるほど。これもまたシャンの持つ、宿主の行動を変化させる能力の一端なのだろう。
「そしてその異常な暴力性から、犯人もまた、彼が最初の殺人を犯したときにはすでにシャンに寄生されていた可能性が高い」
私は、悪夢のなかの自分が、殺人という行為に快楽を見出していたことを思い出した。
「さて、この辺りでもう一度きみの証言に立ち戻ろう」
遊間は二つ目のフラスコに火をかけ始めた。
「きみが悪夢のなかで見たことは、かつて神落市周辺で起こった事件である可能性が高い。しかし、きみはその事件について、まったく心当たりがないという」
ぽこぽこと気泡の弾ける音が、室内に響き始める。
「とすると、きみは昔から神落市に住んでいた地元の住民ではなく、大学進学や就職などをきっかけに、神落市へと引っ越してきた転入者だということが推測できる」
ふと、彼にはじめて相談したときの会話を思い出す。
「だから、あの時……」
「ああ、いつここへ越してきたのかをきみに聞いたのはそのためだ。引っ越してきた日付さえわかれば、その日付より後に起こった事件については調べなくて済むからな」
そういうと、遊間はフラスコにストローを突き刺した。
「あいにく、僕もつい一年ほど前にここへ越してきた身でね。残念ながら、この地域で過去に起こった事件については、それほど詳しくなかったんだ」
遊間は言い訳をするときの子供のように、フラスコの中身をストローで乱暴にかき混ぜながら言った。
ストローの先から、アルコールの甘ったるい匂いがほのかに漂ってくる。
「とまぁ、ここまで推理したら、後は泥臭く過去の新聞を調べるしかなかったわけだ」
ストローを通って昇ってきた蒸気を、遊間は味わうようにゆっくりと吸い込み、そして吸い込んだときと同じようにゆっくりと吐き出した。
「後の顛末については、きみも知るところだ」
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