22

 その頃の私には、一人の友人がいた。

 町の図書館で知り合った、近所に住む小学生の女の子で、名前は阿部あべ瑠璃るりといった。

 瑠璃の母親は、彼女が幼い頃に亡くなっており、彼女は父親と二人で暮らしていた。

 彼女の父親は夜遅くまで働いており、一人で留守番していることが多かったらしく、似たような境遇にあった私たちは、いつしか自然と気の置けない関係になっていた。

 放課後、私が図書館で読書をしていると、彼女は必ず同じテーブルに座ってきて、こう言った。

「せんせい、今日は何のご本を読んでいるの?」

 彼女は何学年も年上の私のことを「せんせい」と呼んだ。

 私がどのような本を読んでいるか彼女に教えてあげると、彼女は決まって同じ本か、同じ本がなければ同じ作者の本や似たテーマの本を借りてきては、私の隣に座ってそれを読み始めた。

 そして、本を読み終えると、お互いに読んだ本の感想を言い合った。

 彼女の感想はいつも前向きなもので、何事も否定的に捉えがちな私にとって、実に新鮮なものだった。

 私は、自分とはまるで異なる彼女の考え方に、しだいに惹かれていった。

 そしていつしか、彼女とともに過ごすこの時間が、私にとってかけがえのない癒しのひと時となっていた。

 彼女と過ごすこの時間だけは、他の嫌なことすべてを忘れられた。

 もしかすると、私は彼女に恋をしていたのかもしれない。

 それくらい、彼女の存在が私の心を占める割合は大きくなっていた。

 例え、私の歪んだ欲望がどれだけ膨らんだとしても、彼女だけは決して手にかけまいと、私は心に誓っていた。

 その頃になると、母はほとんど家に戻ってこなくなっていた。

 ときどき、帰ってきたかと思えば、すでに泥酔しており、まともに話も出来ない状態だった。

 母は、生活費を稼ぐために、いかがわしい仕事にも手を染め始めていたようだった。

 そのせいか、母は見るたびにやつれていった。

 ある日、学校から帰宅して、外をぶらぶらと歩いていると、母親が見知らぬ男と二人で歩いているところに遭遇した。

 不審に思った私は、彼らに気付かれぬよう、そっと隠れながら、母とその男の後をつけた。

 しばらくつけていくと、母と男は周囲の視線を気にしてか、辺りをきょろきょろ見回しながら、そそくさと見知らぬ廃ビルに入っていった。

 私もその後を追って、廃ビルに忍び込んだ。

 しかし、私が建物に入り込んだときにはすでに、彼らの姿は見えなくなっていた。

 暫く、あてもなく廃ビルの中を彷徨っていると、遠くから女の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 それは獣のように激しく、それでいてどこか煽情的であった。

 私は、声がする方向へと歩いて行った。

 そして、突き当りの角を曲がった一室で、私は世にも悍ましい光景を目撃した。

 そこでは、全裸になった複数の男たちが、同じく全裸に剥かれた一人の女を囲い、いたぶり嬲なぶっていた。

 女は、いや、私の母は、口から涎を垂らしながら、狂った猛牛のように悶え暴れながら淫らに叫び続けていた。

 母とビルに入った男は、ビデオカメラを片手にその様子を愉悦の笑みを浮かべながら眺めていた。

 地獄、だと思った。

 私はすぐに、その場から立ち去り、自宅へと戻った。

 自分の部屋へ戻ると、なぜだか、無性に涙が溢れてきた。

 私はその日、はじめて世界を恨んだ。

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