第14話 設計図
ベッドの上で妃沙子の柔らかな肌を抱いたまま狭い洞窟の中で果てた後、しばらく草原でまどろんでいるような陶然とした気分を味わっていた。
ついうとうとしていたら、そのまま眠ってしまったらしい。目を開けると窓の外はとっくに明るくなっており、登美彦の右腕に頭を乗せた妃沙子が小さく丸まって眠っていた。
ずっと正座しっぱなしであったかのように右腕が痺れ、感覚を失っている。
登美彦は左手でアッシュブラウンの髪を撫でながら、右手をゆっくり引き抜こうとすると、妃沙子がうっすらと目を開けた。いや、今までもずっと起きていたのかもしれない。
目が合うと、ぱっと花が咲き誇るような笑みを湛えた。飼い主にじゃれつく小猫のようにごろんと転がり、登美彦のお腹の上に頭を持たせかけた。
「ねえ、一緒に住もうよ」
上目遣いに見上げてくる瞳が返事を催促しているが、登美彦は答える代わりに左手で妃沙子の髪を優しく撫でた。飛び上がらんばかりに嬉しい申し出ではあるが、この先もずっと一緒に住めるだろうかと思うと不安で、経済的に自立できていない自分には身に余るような気がした。
地球の反対側のブラジルではプリンですら自立するようなご時世であるのに、自分ひとりの食い扶持さえまともに稼げやしないのだ。妃沙子に依存してばかりでいいはずがない。
いまだ覚醒に至らない寝ぼけた頭のままでそんなことをつらつら考えていると、返事がないことに焦れたらしい妃沙子の表情がみるみるうちに曇っていく。
「……嫌なの?」
登美彦はふるふると首を振り、強張る妃沙子の身体をきつく抱きしめた。
「そうじゃないです。経済的に自立できてないので、もっとちゃんとしないと妃沙子先輩に迷惑をかけるばかりになってしまうなと」
「ちゃんとって、どういうことよ」
響谷を詰るときのような刺々しい声色だった。
「昨日、林田社長にブラジルプヂンを奢っていただきました。けど、原画マンに昇格するといった話は一切ありませんでした。僕に任されたのは会社のマスコットキャラクターを立ち上げ、一本立ちさせる仕事だと思います」
「そんなもん、アニメーターの仕事じゃないじゃん。プロデューサーの仕事じゃん」
「林田社長の悲願は下請けの立場から脱却し、元請けになることだと聞いています。その象徴となるようなストーリーとキャラクターは会社が発展する上で必要不可欠だと思います」
登美彦が限られた言葉を絞り出すように言うと、妃沙子が押し黙った。
「キャラクターは妃沙子先輩が描いたキンクロハジロがいいと思うのですが、そこに
妃沙子は唇を尖らせ、形のいい顎を登美彦の肩に乗せた。
「要するに、キンクロハジロが主役の
的確な要約に、登美彦は半身を起こして大きく頷く。
「はい。それで『戦艦が登場して波動砲をぶっ放す話』というのが響谷さんのリクエストで、『ハバタキの宣伝になりそうな話』と『辛いけど、楽しいアニメーター職』というのが林田社長のリクエストです」
生真面目な口調で言う登美彦を見て、妃沙子は呆れたような表情を浮かべた。
「どんな話よ、それ……」
「分かりません。だから悩んでいるんです」
「それって脚本家とか小説家とか、お話を考える系の仕事じゃん」
「そうですよね。アニメーターとしても中途半端なのに、そっちの能力を求められても正直困ります」
妃沙子はむくりと身体を起こすと、ベッドから出た。あくびを噛み殺しながら、パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ、洋服箪笥から新しいシャツを取り出している。
「そういえば友達に小説家の女の子がいたな。ちょっと相談してみようか」
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