第一章
1. 仲間たち
「今日はご馳走だね。さすがオーガスタ」
林檎をかじりながら歩くミィナが言った。
この林檎は盗品である。何せ、オーガスタとミィナたち“セント・ポール孤児院“の孤児たちは、食料品と衣類を盗むために町へ来ているのだから。
彼らのいるオルセイン王国の孤児院はすべて国が運営する施設である。普通なら最低限必要なものは与えられるはずだが、実際の孤児の生活はあまりにも貧しかった。支給される補助金はそもそも実情に合うほどの金額でもなく、その上役人による横領も頻繁に行われている。院長であるルベール夫人は悪い人ではないのだが、亡くなった夫が酒に注ぎ込んだ借金の返済に追われていた。結局わずかに残った補助金は院長のこれまたわずかな給料と共に借金の返済に回され、孤児たちには何も残らなかった。
そうすると、生きるためにはあとはもう盗むしかない。
オーガスタはこの盗む、ということが上手かった。
小柄で俊敏。逃げ足も速い。他の孤児たちと連携し、誰かが店の人間を引き付けている間にサッと掠め取り、取った品物を別の孤児に渡す。
この仕組みのおかげでばれたことは数回しかない。
そして捕まったのは、あの一回だけ。
「ミィナ姉さんの話が上手いんだよ。あんなに自然に店の人と話せるなんてすごい」
「おだてたって何も出てこないよ。それに、そんなことができたって食えやしないじゃないか。オーガスタの方がよっぽど役に立つさ」
「仕事に役立つよ。接客とか向いてるんじゃない?」
「馬鹿ね、もうあたしの奉公先は娼館の洗濯婦って決まってんのよ。次はあんたの番じゃない? あと二年でしょ。孤児院にいられるのは。あーでもあたしがみんなといられるのはあと一か月かぁー。寂しくなるなぁ」
話を聞いていた六歳のエイミがミィナの腕にしがみついた。
「ミィナおねえちゃん、どっか行っちゃうの? そんなのやだよ」
ミィナは笑いながらエイミの頭を撫でた。
「いつまでも孤児院にいるわけにはいかないんだよ。12歳までには働きに出ないといけなくて、あたしももうすぐも12になんの。働いていっぱい稼がなくちゃ。でも頑張ればきっとみんなの顔見に帰れるかもしれないし、会えないわけじゃないよ。それにほら、オーガスタお姉ちゃんがいるじゃない」
エイミはむぅ、と唇をとがらせた。
「オーガスタおねえちゃんは怖いもん。全然笑わないし。明るいミィナおねえちゃんがいい!」
オーガスタはふんと鼻を鳴らした。
「悪かったね、怖くて」
「あはははは。オーガスタは感情が表情にあまり出ないからね。怖く見えるんだろうけど、あたしはオーガスタが優しい子だってこと、ちゃんと知ってるよ。」
ミィナは隣を歩くオーガスタの頭をポンポン撫でた。
「夜中に自分が起きるとみんなが蹴飛ばした布団をかけてあげてるし、この前エイミが失くした人形だって、みんなが探すの諦めた後もこっそり探してエイミのベットに置いたのもオーガスタだよ」
「ちょっ、やめてよ、姉さん!」
オーガスタ頬を赤らめた。そんな彼女をミィナが指でつつく。
「もう、オーガスタは照れ屋だなあ」
「あれ、オーガスタおねえちゃんだったの?」
エイミはほんの少し涙で潤んだ大きな目をさらに大きくした。
「……あれはエイミのお気に入りでしょ。失くして随分落ち込んでたみたいだったから」
目をそらしながらぼそぼそ言うオーガスタに、エイミは「ありがとう! オーガスタおねえちゃん!」と抱きつく。その様子をミィナは微笑んで見守っていた。
「たとえあたしが孤児院を出たって、あたしたちは一緒だよ。
孤児院でも酷いところは孤児が売られたり、折檻されたりするそうだけど、うちの院長先生は機嫌が悪いと急に意味もないことを怒り出すし、補助金をあたしたちに使ってくれないし、なんならあたしたちが盗みを働いてても見なかったふりをしてくるけど、借金取りが来たって奴らにあたしたちを売ったりはしなかった。
だから先生にもみんなにも感謝してるんだ。この思い出があれば、辛くたって大丈夫。——だからあたしのことを心配しなくてもいいんだよ、オーガスタ」
「な……! 心配なんてしてないし」
また頬を赤らめたオーガスタに、ミィナは優しく笑った。
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