第2話

 有紗は達也と別れたあと、適当な友達一人を誘ってファミレスで暇をつぶしていた。

「有紗も暇だよねぇ。一応彼氏いるんでしょ? ならそいつを遊んできなよ」有紗の友人はそう言って、小さな声で、「てか来週期末考査ななんだけどなあ」と続けた。

「いや、もちろん誘ったよ? でも今日、病院あるから無理って」

 有紗はつまらそうにドリンクのストローをいじりながら、そう言った。コップの中身はオレンジジュースだったのだが、今となってはもう空だ。これは有紗の苛立いらだちを解消するために暴飲していたためである。ちなみにこれで三杯目だ。

「ああ、そういえばあんたの彼氏……八神って言ったけ? そいつ病気持ってるんだったよね?」

「そうよ? だからまあ仕方ないとは思うけど……ここ最近ずっと病院だよ? 怪しくない?」

 有紗は眉を真ん中によせて、眉間みけんにしわを作った。

「浮気、だったり?」

 友人はいたずらそうに笑いながら言った。それは有紗にとっては予期していたものだったけれど、いわ言われるとなると、やはり胸が苦しくなってしまう。

「そうなのかなぁ」

 まっとうに否定できる証拠などないわけだから、そんな曖昧あいまいに返事をするしかなかった。

「ならさ。藍沢探偵事務所って知ってる?」

「なにそれ、どこ?」

「ここからすぐ近くなんだけどね。前に行ったことがあってさ」

「……どんな用で?」

 有紗は少し興味をもったのか、友人の話に食いついた。

「浮気調査」友人がなんでもないかのような落ち着きでそう言った。「それでね、まあ結果は見事に浮気してたんだけど。証拠写真もばっちりだったし、お金もそんなかからないしで得だったよ」

 得、という言葉に弱い有紗にとっては、手を伸ばしたくなるような話だった。

「行きたいんだね?」

「え、いや、別にそういうわけじゃ……」

「いいじゃん。それで真相がわかるわけだしさ。一回ぐらいだ丈夫だって」

「……うん」


 有紗は小さくうなずいた。

 友人に事務所の場所を教えてもらい、わざわざ事務所内まで連れてもらった。そこで友人はそこの所長──藍沢雅臣に有紗を紹介してから帰った。


「え、ええと。よ、よろしくお願いします」

「よろしく頼みます」

「よろしく頼みまーす」

 有紗はぎこちない口調であいさつをした。

 藍沢は落ち着いた、低い声であいさつをした。

 助手である京極了は軽快な少し男性にしては高めの声で、あいさつをした。

「それじゃ、有紗ちゃん? 依頼内容はたしか浮気調査だったよね。それじゃ、相手の特徴とか教えてもらえるかな?」

 人当たりのいい京極は接客役。それであまり人との関わり合いを得意としない藍沢はただ座っているだけだった。

「えっと。顔はその女の子にも男の子にも見える感じの顔で、黒髪で耳を隠せるほどの長さで。あと、身長は百七十五くらいだったと思います。それで、いつも黒っぽい服を着ていて。まあ、そのくらいですね」

「なるほど。あとなぜ有紗ちゃんはその彼が浮気をしたと思ったのか、教えてもらえる?」

「はい──」


 有紗は事情を話した。京極はその話にうんうんとうなずきながら、メモ帳に書き足していく。

 その間、藍沢はしきりに有紗のほうを見ていた。その視線に有紗は気づいていた。有紗にとってただただ気まずいだけだったけれど、構わず話を続けた。

 そしてだいたい事情を話し終えると、京極はメモ帳を閉じて、立ち上がった。

「よし、じゃああとは帰って大丈夫ですよ。あとのことは俺たちに任せてください」

「え、いいんですか」

「ええ。あ、でも連絡先教えてもらっていいですか」

「あ、はい」

 有紗は携帯の連絡先を見せ、京極はそれを自分の携帯に登録した。

「じゃあ失礼しますね」

 有紗は手荷物をまとめ、藍沢探偵事務所をあとにした。

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