お酒は美味しく呑みたいね
「それで、仕事に生きる、って事?」
「今はそうしてたいの。それがわたしの幸せ、っていうのは大袈裟なんだけど」
桃子の言葉に梅華は小さく頷きドリンクメニューを取って、何か頼む?、と訊いた。
桃子はいい加減ぬるいビールには飽きてきたので、頼むことにした。
量ではあまり酔わないが、色んな種類の酒に手を出すと悪酔いしてしまうので躊躇したが、明日は休みだしと日本酒を頼むことにした。
じゃあ私もそれ頼もうかな、と梅華は手をあげて店員を呼んだ。
桃子が選んだ日本酒を二つと梅華が言おうとすると、さくらが三つと頼んだ。
「さくら、日本酒呑めたっけ?」
「たぶん無理だけど、なんか今日は呑めそうな気がする」
「何それ? 私、おぶって帰ったりしないからね」
「梅はいつもしないでしょ。おぶられる側なんだから」
「お世話になってまーす」
「そういや、さっきうーちゃんが頼んだビール、まだ来てなくない?」
「ああしまった、ビール頼んでたんだ」
「ええっ、ちょっと梅、もう酔ってるんじゃないの? ほんと、おぶって帰るのは勘弁だからね」
頼んだ日本酒が大きめのグラスに注がれて運ばれてくる。
グラスが三つ、そしてビールのジョッキが一つ。
桃子は梅華の酔い具合を心配して、ジョッキを受け取った。
大丈夫なのに、と言う梅華に対して、いいから、と桃子はジョッキを渡さなかった。
二十代の頃のように酔い潰れてしまったら、そんな母親を見る子供はどう思うのだろうか?
旦那はどう思うのだろうか?
明確な答えは家庭を持たない桃子にはわからないが、何だかモヤモヤする感情だけは抱いてしまったのでビールだけは引き受けた。
日本酒までは流石に自身が潰れてしまいかねない。
桃子が酒に酔い潰れては、下手すれば三人潰れてしまう恐れがある。
「うわ。日本酒ってさ、何が美味しいの?」
日本酒に一口口をつけ、眉をひそめてさくらが言った。
「炙りの寿司とか食べながら呑むと美味しいよ」
「ももちゃん、オヤジっぽい」
「オヤジが一番酒の良さをわかってるってことでしょ。ほら、刺身はあるから合わせて食べてみれば?」
桃子の言う通りにしてさくらは刺身を口に放り込み、日本酒を呑んだ。
「お、これ、イケるね」
「でしょ?」
「んん、美味しい。刺身でコレだと炙った寿司ならどんだけ?」
さくらはそう言って次々と刺身を箸でつまんでは口に運び、日本酒を呑んだ。
「コラ、ちゃんとペース考えてよ、さくら」
「んん、今幸せだから急性アルコール中毒で倒れてもいいかも」
「幸せのピークに死にたい、だっけ?」
「いつものヤツでしょ。さくら、昔っからそれだけは言い続けてるよね」
「それだけは、って。人をフラフラしてる奴みたいに言わないで」
「言ってないけど、間違ってはいないわね。いい男捕まえた、と言ってみたものの、さくらもその歳でバイトでしょ? 大体辞める理由が――」
「ハイハイ、お説教ノーサンキューでーす」
さくらはそうおどけてみせて、グラスを掲げる。
掲げられたグラスは空になっていた。
ほんのりとさくらの頬が赤く染まってきていた。
「うわ、酔っぱらってんじゃん。ちょっと桃子、変に薦めないでよ」
「まさかこんなにガツガツいっちゃうとは思わなかったの」
酔っぱらったさくらは、店員を呼びつけて日本酒のおかわりを頼むと、運ばれてくる前にテーブルに伏して眠ってしまった。
桃子はもうお開きにしようかと思ったが、梅華がちょっと寝かしてやろうと言うので付き合うことにした。
「さっきの話だけどさ?」
「さっきの話?」
「仕事に生きる、って話」
ああ、と返事を返し桃子はビールを口に含んだ。
梅華から奪ったものの、満腹感にビールが進まなかった。
「それって、結局は諦めたってことだよね?」
「人それぞれ、何かしら諦めて生きてるもんでしょ」
「そうだけど。やろうともしないで諦めてるのを見ると、私は正直腹がたつ」
「何? 絡み酒?」
「真面目な話」
「……仕事も、恋愛も、家族も。なんて、わたしそんなに器用じゃないし、どれかは諦めないと回らないよ。梅だって、結婚して仕事辞めたじゃない」
「私はちゃんと未来を見据えた上で、仕事を辞めたの。諦めたんじゃないの」
「未来……」
「子供の頃に描いた姿であろうとするみたいにさ、今もちゃんと先の事考えなきゃいけないんじゃないの?」
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