語ることは色々とある
「そうそう、うーちゃん探偵みたいでさ。ストーカーされてる証拠バンバン集めてくれて。監視カメラとかも設置したよね、ネットで格安レンタル探してきて」
「私がやらなきゃ、アンタら二人は動かないでしょうよ」
そう言って梅華は割り箸で桃子とさくらの顔を差すと、その箸を先程の鰹の刺身の皿に動かした。
次の皿が来るまでにテーブルに置いてある皿を空ける気なのか、急ピッチで箸が動く。
梅華は黒いショートヘア。
子育てに長い髪が邪魔だと、出産後腰ぐらいまであった髪をバッサリと切った。
出産後の身体のラインを気にしてか、いつも少し余裕のあるワンピースを着ている。
昔から丸みを帯びたフレームの眼鏡をかけていて、外すとまったく見えないらしい。
「えー、あの時は困惑してただけで、基本動くタイプだし。出逢いだって自分から探しにいくからね」
「む、さくらがわたしを攻撃するとは。えーえー、わたしは動きませんよ」
「開き直ってる場合じゃないでしょ、桃子。ソレ、婚活ならぬ死活問題だからね」
「死活問題って大袈裟な……」
桃子はまだビールが半分ほど入ったジョッキを持ち上げ、ビールを口に含んだ。
すっかりぬるくなったビールはただただ苦いだけの液体で、すんなりと喉を通らない。
満腹なのも手伝って、まるで罰ゲームの様な苦痛だ。
「大袈裟なわけないでしょ。もう三十二よ、三十二。二十代の頃にあれだけ恐れていた三十路を過ぎて、もう二年よ。アラサーとか曖昧な言葉に救われようったって現実そうはいかないのよ」
梅華は二年を指し示す様に割り箸でピースサインをしてみせた。
何の平和性も無ければ、誰に勝利したわけでもない虚しい2を表すサイン。
「桃子は諦め癖があるから。もうほんと、自分の人生諦めてる場合じゃないんだからね」
「ちょっと、うーちゃん。言い方、言い方」
「いいのよ、さくら。今さらそんなことに気を遣う仲じゃないでしょ。私、桃子とさくらとは親友だって思ってるから。ちゃんと言ってやらなきゃならない時は、ちゃんと言ってやりたいの」
親友という言葉に、桃子はジョッキをテーブルに、さくらは割り箸を皿に置いた。
「桃子はさ、もう自分のために生きていいんじゃないかな? 弟くんだってもう二十四でしょ。もう桃子が独りで家族支える必要なんてないんじゃないの? 桃子は自分のために釣竿買って船買って、魚釣りしていいと思うんだけど――」
言葉を遮るように店員が新しい料理を運んでくる。
桃子がそれを受け取り、梅華が重ねていた空いた皿を店員に渡した。
店員が会釈して去っていくと、とりあえず全員が新しい料理に箸をつけた。
「恋愛とか結婚って幸せ?」
「む、ももちゃん意外な疑問だね? 何かあったの?」
「んー、今の仕事さ、派遣だけど割とやりがいがあって。勉強嫌いなわたしが資格とか取ったりしてさ、真面目に仕事に生きてんのね。二十代の頃は、さくらみたいに恋愛に生きたり、梅みたいに結婚して家庭を築いたりに憧れたけど、仕事に生きるのもありかなぁって、この頃思っててさ」
桃子の服装は七分丈のブラウスに、黒いタイトスカート。
仕事帰りということもあるが、何よりこの服装は昔ドラマで観て憧れたキャリアウーマンの姿だ。
どうせ大人になってずっと働く事になるのならカッコいい姿で働きたいと、小学生にして思ったものだ。
数年毎にやってくる不景気の為に何度と仕事を変えてきたが、そこで渡される制服はいつもピンクなど華やかな色を基調としたものだった。
白と黒、そのシンプルさこそがスマートでカッコいいのだと桃子は華やかな制服を渡される度に思っていた。
「確かにさ、家族のこともあって、恋愛とか諦めてるとこあるけど。なんかさ、三十過ぎてから思い出してさ、子供の頃に思い描いてたもの」
「夢、みたいなこと?」
「ううん、夢とはちょっと違うかな……違う、と思う。なんというか、せめてなりたいもの、というか。せめてカッコよく働いていたかった、っていうか。そういうの、改めて大事なんじゃないかなって」
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