明日の話とか昨日の事とか、そんなことより今日が大事で辛いぐらい大変で。
清泪(せいな)
気楽じゃない女子会
「それで、今年三十二にもなるのに派遣社員の
ジョッキに入ったビールを一息に呑むと
木製のテーブルに乗る幾つかの皿が僅かに跳ねる。
「うっわ、子持ちになって性格悪くなったんじゃない、うーちゃん。ママさん達に感化されすぎだよ」
梅華の隣に座るさくらは、小皿に枝豆を一粒一粒出しているところだ。
一粒一粒をちびちびと箸でつまんで食べるのが好みなのだとか。
「さくらは良いのよ、バイトでもさぁ。イイ男捕まえたんでしょ」
「梅。それじゃなんか、魚釣りみたいじゃない」
「釣りよ、釣り。“松方弘樹、世界を釣る”よ。おっきなマグロを釣るのが男の夢だってんなら、女の夢も似たようなもんよ」
そう言ってから、梅華は手をあげて店員を呼びつけた。
新しいビールと新しい料理を頼む。
テーブルの上の皿には、まだ料理が残っていたので桃子が制止しようとすると、今日って割り勘でしょ、と梅華は笑顔を作った。
桃子には笑っている様には見えなかった。
魚料理を主にしてるチェーン系の大衆居酒屋。
小さな倉庫を改良して作られたその店は、入り口にはビニールのシートが垂れていてカーテンの様な役割をしている。
店内にはコンクリートの上にそのまま置いた木製のテーブルが幾つかあり、背もたれの無い丸椅子がその周りを囲んでいる。
客の年齢層はばらばらで、魚料理の美味しさが評判になり若い女性層もいたりする。
桃子、梅華、さくらの三人もこの店には何度と来ている常連客だ。
三人は小学校からの同級生で、名前の共通点から仲良くなった。
地元の中学、高校と一緒に進学し、道を別けたのは大学に進む頃になってからだった。
梅華とさくらは大学に進み、桃子は大学に行かなかった。
母子家庭である家の為だった。
高校を卒業後、すぐに就職し家族を支えるのは小学校の頃から決められていたことだった。
家族を食わす為に無理して働き病気を患った母親と八歳離れた弟がいる。
家族を捨てた父親を憎みながら、桃子は自分の人生を小学生にして受け入れた。
「問題は“探し中”って看板掲げといて実際何もしてないことよね。船を買わなきゃ海には出れないわよ」
梅華はテーブルの上の皿の中から鰹の刺身を箸で摘んだ。
二切れを一気に口に入れる。
「釣りの例え、お気に入りなの?」
女子会と呼ぶには洒落気の無い飲み会が始まって一時間程経っていた。
料理もかなり平らげたあとだ。
それでも箸のスピードが緩まない梅華を見て、桃子は満腹感がより増していた。
「話逸らそうとしてんじゃないわよ。で、どうなのよ?」
「どうなのよって言われても、そうなのよって感じと言うか。出逢いなんて無いじゃない、実際」
「えー、あるよー」
一粒一粒箸で摘んで枝豆を口に運ぶさくら。
箸の使いはそれほど上手くなく、一粒食べるのになかなか苦戦し枝豆は皿の中で踊るように滑っていた。
枝豆との格闘に集中しているのかと思いきや、話はちゃんと聞いているようだ。
「さくらはモテるからね」
桃子はさくらの男がいない時期を知らなかった。
茶色の髪を頭の天辺で束ねているさくら。
丸顔なのもあって、玉葱のような愛くるしさがある。
鎖骨がくっきり見える首元が開いた黒のシャツには、胸の辺りにロックバンドの名前が大きくプリントされている。
細いデニムパンツを履きこなすさくらは、スタイルもいい。
桃子から見れば、さくらは何もしなくてもモテる女だった。
学生の頃から、話したこともない他学年の男子生徒から告白されてるのをよく見た。
元々豪華な餌なのだ、魚は勝手にやってくる。
「モテるって言われてもなぁ。恋愛感情抱けそうもない人らから声かけられても困るだけだよ」
「贅沢な悩みなような、深刻な悩みなような話ね。勝手に惚れられて勝手にストーカーとかになられても嫌だし」
梅華が割り箸の色の変わった先をさくらに向けた。
差し箸は行儀が悪いと、子供が出来た頃には直していた癖だったが酒が入ったからか気にする様子もない。
桃子もさくらも見馴れたものだったので、注意しようという気すら起こらなかった。
「そうそう、アレは最悪だった。うーちゃんとももちゃんが助けてくれなかったら、マジヤバかったし」
「マジヤバかった、ってさくら、あの時結構気楽に構えてたじゃない。梅が率先して色々やっちゃうから」
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