第207話 嘘コク8人目 氷川芽衣子(本郷芽衣子)

ガチャッ。


?!


新学期入って少しした頃、

靴箱のその薄桃色の封筒が入っているのを見つけたとき、一瞬ドキリとした。


靴箱に手紙と言って、まず思い出したのは神条さんの事。


それから、嘘コクの事を思った。


俺はしばらくその場に固まっていたが、大きく息をついて覚悟を決めると、その封筒を手にとった。


神条さんからの手紙ではないのはすぐ分かった。


神条さんのペン字のお手本のような綺麗な筆跡とは違って、封筒の表には、『矢口京太郎様』と、あまり上手とは言い難い字で書かれていたから。

けれど、その字は、決して適当に書かれているのでなく、下手なりに精一杯に整えて書こうとしている差出人の意思を感じさせた。


神条さんでないとなると、新たなる嘘コク女子の可能性が高いが、何故か俺はその手紙に不快感を全く感じなかった。


裏を返してみると、可愛い花のシールで封をされており、その下に小さく書かれていた名前は…。


『氷川芽衣子』


「っ……!」


俺は心臓がギュッと掴まれるような感覚に陥った。


『めーこ』と同じ名前…!


でも、名字が違う。

『めーこ』は、『本郷芽衣子』だったはず…。


別人…だよな…?


どうせ、いつもの嘘コクに決まってる。

行ったら碌な事にならないに決まってる。


そう…。関わらないのが一番だ。


そう、高鳴る鼓動を鎮めながら、俺は必死に自分に言い聞かせた。


         *

         *


しかし、結局、警戒しながらも手紙に指定された場所へ向かってしまった俺を待っていたのは、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた美少女だった。


「矢口先輩!!来てくれてたんですね…!わ、私…、手紙を出させて頂いた、一年の

氷川芽衣子ですっ。」


そのS級ランクの可愛さもさることながら、俺の目を引いたのは、彼女の髪の色だった。


茶髪…!!


ドクドクと高鳴る胸を押さえて、俺は自分に言い聞かせた。


落ち着け、矢口京太郎。

茶髪の子はいっぱいいる。染めてる可能性だってある。

名字だって違う。

めーこはもっと地味で大人しめな雰囲気だった。


髪の色と、名前だけで『めーこ』だと断定するのは、早計だぞ?


大体、さっき彼女は、俺の事を「矢口先輩」と呼んだじゃないか。


別人…だよ…な?


「大体話はお察しかもしれませんが…。

矢口先輩に私の想いを伝えたくて…!//」


「…!!」


そして、これは罠。ほぼ100%嘘コクだ。

動揺していた俺は、最大限の努力をしてこの嘘コクをやり過ごすべきだと強く思った。


「あの、矢口先輩…。ずっと前から好きでした。私と付き合って下さい…。」


目の前の美少女は頬を染めて、緊張した様子で俺の返事を待っている。


よし!彼女がドン引きして、自ら嘘コクを取り下げるような最高の手を思い付いたぞ。


俺は、口元に笑みを浮かべて8回目の嘘コクに対峙すべく彼女に向き合った…。


「えーと、一年の氷川芽衣子さんって言ったっけ。」


「は、はい!」


「どれがいいか選択してくれるかな?」


「はい?」


頭にハテナマークを浮かべて首を傾げた後輩=氷川さんに俺は続ける。


「1、俺が告り返したところを速攻で振る

2、告られて俺が大喜びする様子を動画で撮る

3、彼氏との仲を取り戻すための当て馬役にする

4、俺が調子こいて襲い掛かってきたところを金蹴りして逃げ出す

5、お財布代わりにする(限度額あり)

6、人手不足のためこき使う

7、取り敢えず、その場は付き合っているフリをして、いい気になっているところを後日皆の前でドッキリでした…とバラす。

さぁ、どれがいいかな?」


         *

         *


しかし、俺の予想に反して、その茶髪美少女の嘘コクをやり過ごす事ができなかった。


自らを無類の嘘コク大好っ娘として、俺の提案した7つの嘘コク対応の選択肢に食い付き、全ての選択肢を実施するよう要求してきた。


変わっている子だなと思ったが、何故か俺は彼女の頼みを断る事が出来なかった。


それからと言うもの、7つの嘘コクミッションに協力する内、時には過去の嘘コクに関わった因縁の相手に共に対峙し、困難を乗り越えながら、必然的に彼女と多くの時間を過ごす事になった。


校内屈指の美少女でありながら、少々ポンコツなご性格と、そして最強の右足を持つ彼女に振り回されながらも、その嘘コクをただの一度も不快に思う事がなかった。


それどころか、彼女と過ごす時間を楽しく大切に感じるようになっていった。


まるで、小4の時にめーこと一緒にいた時のように…。


彼女は本当に『めーこ』じゃないんだよな…?


嘘コク二人目の秋川をやり込めた後、

『めーこ』の話をした時も、彼女は自分が本人だとは言わなかったし、食べ物の好き嫌いも『めーこ』のそれに当てはまらなかった。


けれど、その後も不思議に思う事がなかったわけじゃない。


言っていない筈の自分の食べ物や色の好みを知っていた事。


他の女の子の話をしている時は、頬を膨らませたり、悲しそうに俯いたりするくせに、『めーこ』の話をしている時は、切なそうな懐かしそうな、それでいて幸せそうな表情をしている事。


けど、まさかそんな都合の良い話あり得ないだろうと思った。


小さい頃の初恋の女の子が、俺をずっと好いていてくれて、高校まで追いかけて来てくれたなんてー。


ただでさえ惹かれているのに、これ以上彼女を好きになることが、少し怖いという気持ちもあったのかもしれない。


俺はこの期に及んで、なんてヘタレだったんだろう…。


そして、何よりも大切だった筈の彼女との嘘コクを通した関係を、俺は今日、自分の手で不用意に終わらせてしまった。


それが今までの彼女との関係や絆を否定する行為で、どんなに彼女を傷つける行為だったか…!


彼女の親友、笠原さんから行方が分からないと聞いた時は、目の前が真っ暗になり、

彼女の安否が分からない間、気が狂いそうだった。


幸い、最悪の事態は避けられたが、彼女はヘタレの俺に見切りをつけて、少し前から俺から離れる事を考えていた事を知った。


ショックだった。


あんなに近くにいたのに俺は彼女の不安な気持ちにまるで気付いてやれなかった。


彼女を失ったら、もう俺は俺でもいられない。エゴだって分かっていても、彼女に謝りたい。許して貰いたい。遠くに行ってしまうのを引き止めたい。


俺は彼女との関係を繋ぎ止めたいー。


「ハアッ。ハアッ。」


芽衣子ちゃん!…!


俺は駅から全力疾走で駆けて来ると、

縋るような気持ちで彼女の住むマンションを見上げたのだった…。

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