第205話 上月彩梅の失恋

最後に、京太郎にひどい言葉を投げつけてしまって別れてから、何度もあの時の事を後悔して、やり直せたらどんなにいいかと思っていた。


だから、京太郎に、最後に別れた時に戻って話せないかと言われ、本当に私は嬉しかった。


そもそも私達はそもそも付き合った最初から最後までお互いの事がちゃんと見えていなかった。


だからこそ、ちゃんと向き合えた今、私は素直な気持ちを京太郎に伝えたいと思った。


「きょ、京太郎…。最初からやり直せないかな?私は今でもあなたが好き。京太郎が私を受け入れてくれるなら、今度こそ、京太郎の事を大事にするって約束する。

だめ…かな…?」


「彩梅…!!」


京太郎は驚いて私の顔をしばらく見ていたが、泣きそうな表情で顔をくしゃっと歪めた。


「彩梅…。ありがとう…!そんな風に思ってくれるの、本当に嬉しいよ。

別れた時からずっと彩梅の泣き顔が頭から離れなくて、彩梅の事、ずっと元気にしているか気になっていた。困った事があるなら力になってやりたいと思ってた。」


「京太郎…!」


一瞬心が浮足立ったけれど、京太郎は辛そうに首を振った。


「けど、もうダメなんだ…!

いつの間にか、俺の中には、どんなに振り払おうとしても打ち消しそうとしても、消えないたった一人の女の子が住み着くようになってしまった。」


「…!」


「彼女が幸せそうに笑ってくれたり、ポンコツな言動で俺を振り回したり、いつも隣にいてくれる事で、俺は今の俺でいられるんだって。


いや、今までも、会えない間もずっとそうだったんだって、そう気付いたんだ…。」


「それは…、氷川さんの事?」


私は分かり切っている事を敢えて聞いた。


「ああ…。」


ああ…、やっぱり。


さっき部室で、氷川さんと別れるような雰囲気になっていたから、一瞬もしかしたらと期待したけど…。


分かっていた。

矢口がどんなに彼女の事を大切に思っているか。

彼女とのギクシャクしている間も、彼はずっと氷川さんの事を意識して、気にしていた。


『翼族の兄弟』のダミー小説には、翼族の弟、アランが幼馴染みのヒロインへ向ける切ない想いが書かれていた。

きっと、京太郎が氷川さんへの想いを投影したものだろうという事はすぐに分かった。


けれど、私は最後の抵抗をするように、京太郎に聞いた。


「でも、彼女は、嘘コク上の付き合いって言ってなかった?そんな風な付き合い方をする人で京太郎はいいの?」


氷川さんが、京太郎の事を傷付けるようないい加減な付き合いをするのだったら、私は負けた事に納得ができなかった。


でも、京太郎は頭を振って強く否定した。


「それは違う!俺が彼女の告白を嘘コクにしてしまったんだよ。彼女はずっと俺を待っててくれたんだ…。」


「どういう事??」


「小4の頃、俺は1つ下の女の子といつも一緒だった。その子が引っ越して別れるまでの一年足らずの期間。俺は毎日がとても幸せで、その子と過ごしている時間がかけがえのないものに感じられた。」


「…!!」


突然幼馴染みの話を始めた彼に、私はある予感を抱いて、胸が軋んだ。


「その子との思い出は一生大事に胸に抱えているつもりだった。


でも、俺は彼女に出会って、初めてその幼なじみの女の子との思い出を過去のものとして、振り切らなければいけないと思った。


けど…。


彼女は、幼なじみの子と同一人物だったんだ…。」


「…………。」



京太郎捲し立てるようにそんな話をされ、私は黙りこくるしかなかった。


妙に納得してしまっていた。


氷川さんがどうして京太郎にどうして嘘コク設定上の付き合いをしているのか。


嘘コクに傷付いていた京太郎が、どうして

氷川さんを受け入れ、惹かれるようになったのか。


二人の物語の全体像が見えてしまった今となっては、完全な敗北を認めるしかなかった。


フーッとため息をついて、私は泣きたい気持ちで精一杯の笑顔を浮かべた。


「バカね…。あなたは、その幼なじみの女の子の事がずっと好きだったのよ。


あなたが今まで女の子とうまくいかなかったのは、嘘コクのせいじゃなくて、

その幼なじみの女の子の事が忘れられなかったからじゃないの?」


「そう…なのかもしれない…。」


「私、氷川さんの事、誤解してたみたいね…。あの子は、ずっと、幼馴染みのあなたの事を守りたかったのね。

他の誰よりも、ずっと長く、強くあなたを想い続けていた彼女になら、負けてもしょうがないって思える。


ようやく、私もこれで吹っ切れそうだわ。」


「彩梅…。」


「最後に聞くけど、私と付き合ってた二日間の内、一度でも私の事を女の子として可愛いとか好きとか思った事あった?」


「…!」


京太郎は、私の事を好きで付き合った訳ではなかったと分かっているのに、この質問はちょっと意地悪だったかもしれない。

けれど、私がこの失恋を受け入れる為にどうしても聞いて置きたい事だった。どんな答えでも受け止めようと思っていた。


京太郎は少し返事を躊躇って、でも、真剣な顔で答えてくれた。


「あったよ。彩梅の素直で真っ直ぐなところ、ちゃんと女の子として可愛いと思ってた。」


「ふふっ。そっか、よかった!私、あの時、ちゃんと幸せだったんだ…。」


私は、京太郎と付き合っていた2日間に思いを馳せ、涙が溢れた。

それは、切ないけれどとても幸福な涙だった。


「京太郎。ありがとう。」

「彩梅。ありがとう。」


差し出した手を彼は握ってくれ、私は矢口京太郎と笑顔で


         *

         *


それから、氷川さんが紅さん、碧さんに退部届を出し、友達に「もう学校で会えない」と言って学校を飛び出して行ったと聞いて、柳沢さんまでやって来て私達は大騒ぎだった。


京太…矢口は、氷川さんの事が心配で真っ青になっていたし、私も、氷川さんが矢口と私の仲を誤解しての事ではないかと責任を感じていた。


そこへ、白瀬先輩が通りがかり、氷川さんは

変な事を考えているわけじゃないと告げられ、ホッとしたのも束の間。


白瀬先輩がいきなり矢口を殴りつけたのにその場にいた全員が度肝を抜かれた。


理不尽な暴力に、抗議したかったけど、その後の矢口と白瀬先輩の息詰まるようなやり取りに圧倒されて、口を挟む隙がなかった。


力なく項垂れていた矢口は白瀬先輩に発破をかけられたように立ち上がると、私達に

「今度こそ、きちんとと向き合えるように頑張って来る!」と宣言して去って行った。


「ふぅっ…。全く芽衣子嬢も、矢口少年も面倒くさい子達だな…。だからこそ興味深いのだが…。」


矢口が去った後、白瀬先輩はそう言い、ほうっと大きく息をつくと、私達の方を向いてペコリと頭を下げた。


「読書同好会の皆さん、柳沢さん。邪魔してすまなかった。」


「は、はあ…。」

「「い、いえ…。」」

「と、とんでもない…。」


私も、紅さん、碧さん、柳沢さんも何と言っていいものか目を白黒させるばかりだった。


「では、いたいけな男子生徒に暴力を振るってしまった私は、今から金七先生のところへ出頭するとしよう。雅、潮、証言してくれるか?」


「「「「?!!」」」」


「えええ!嘘でしょ、柑菜さん!!||||」

「あ、あわわ…!どうしよう…!?」


私達と同学年の風紀委員女子と男子は慌てふためきながら、颯爽と歩く白瀬先輩の後を付いて行き、私達はそれを呆気にとられて見送るばかりだった。


         *


あれから、柳沢さんはやらなければならない事があるからと去り、私と紅さん、碧さんは並んで会議室の席に座り、今までの怒濤のような出来事を整理し切れずにボーッとしていた。


「な、なんだか、色んな事がありましたね…。」

「え、ええ…。」


「矢口くん…。氷川さんに会って仲直り出来るでしょうか…。」

「……。それは、分からないけれど…。今の矢口なら、例え氷川さんに拒絶されたとしても、簡単には諦めないんじゃないかしら?」


白瀬先輩が氷川さんの事を諦めろと言われた時の、矢口の悲鳴のような叫びを思い出した。


『嫌ですっ!!俺は彼女を失ったら生きていけませんっ!!』


それから、千堂さんが矢口の制作したダミー原稿を破ろうとした時、それを止める為、人間した動きで左門くんの前髪を切り、右足を彼女に押し当てた氷川さんの姿を思い出した。


『例え本物でなくても、作者にとっては大切な作品なんです!!

そんな事も分からないあなたにそれを傷つけていい権利はありませんっ!!』


そして、さっきの白瀬先輩もいきなり矢口を殴りつけて驚いたけど…。


『君は一番大切な人を守るどころか、危険に晒しかねない真似をして、一体何をやっているっ?!』


それぞれに大切な人を守る為必死な思いがあったように思う。


「私は、暴力が嫌いだし、氷川さんのやった事も、さっき白瀬先輩がやった事も、正しい事とは思えない。

もっと、他の方法があったと思う。


だけど…。人を好きになるって、どこかおかしくなって、常識の範囲を踏み越えて、なりふり構わない行動に出てしまう事があるんじゃないかしら…?


どうしてか、私、氷川さん、白瀬先輩、矢口の必死な姿に打ちのめされてしまった気がするの…。

とても敵わないって…。」


「部長…。大丈夫ですか…?」


両手で顔を覆って俯く私に心配そうに、紅さん、碧さんに心配そうに声をかけられて、私は堪えていたものが抑えきれなくなってしまった。


「大丈夫じゃないわっ…!!」


顔を上げた私の目からは、熱い雫がボロボロ零れた。


「部長…!」

「ぶ、部長…!やっぱり、まだ矢口くんの事を…?」


碧さんにも聞かれ、私は泣きながら答えた。


「そうよ!私は京太郎の事が今も好きだし、あの時、ああしていれば、今頃は隣で笑ってくれてたかもしれないって何度も考えちゃう!!


でも、京太郎は、私の付け入る隙もない程、氷川さんと強い絆で結ばれている事が分かっちゃったんだもん。しょうがないじゃない!!


せめて最後はいい女って…思ってもらいたいたくて、明るく背中を押すしかなかっ…。


ふうっ…。うわああっ…!」


辛くて悲しくて、最後は言葉にならず、泣くばかりになってしまった。


紅さん、碧さんを困らせてしまうと思ったけど、涙を止める事が出来なかった。


すると…。


「「それ、すっごい、わがりまずっ…!矢口くんっ!!うわあぁんっっ!!うええんっ!!!」」


突然、紅さん、碧さんが私より大音量でリエゾン泣きし始めたので、瞬間涙が引っ込んでしまった。


「紅さん、碧さんっ?!

ま、まさか…。貴方達も京太郎の事が好きだったの?!」


「「だいずぎでした〜!!ズビッ。」」


顔を真っ赤にして、大量の涙を流している二人に私は愕然として立ち上がった。


「えええっ!!や、やだぁ、言ってよ!!」


「「い、言えなかったんです〜!!」」


「ご、ごめんなさい。私、何も知らずに紅さん、碧さんに協力してもらってしまって…。」


「ぶちょおのせいじゃありませんっ!え〜ん!」

「私達に告白する勇気がなかったからっ!え〜ん!」


抱き合って泣く紅さん、碧さんに、私も抱き着いて泣いてしまった。


「何よ、も〜!紅さん、碧さん、泣かないでよ。え〜ん!!」

「「ぶちょお〜!!え〜ん、え〜ん!!」」


コンコン!


そんなところへ、誰かが部室の戸をノックする音が聞こえた。


「「「??!」」」


ガラッ。


「失礼します。読書同好会の部室ってこちらですか?入部したいんですが…。」


メガネをかけた真面目そうな女生徒が部室の戸を開けると、三人で抱き合い大泣きしている私達を見て、目を丸くした。


「あっ…。すみません!お取り込み中…ですか?」


彼女は何度も見た事がある。今日の小説対決にも図書委員として参加していた神条さんだった。


そして、確か彼女は矢口に嘘コクをした女子だったわよね?


えっ。入部希望…?



「「あっ。今日、参加していた図書委員の方?ごめんなざいね〜。いつもは部員大歓迎なんですが、今日は、絶賛『失恋大泣きの会』開催中でしてっ。えぐっ。」」


「二人共、らに言っれるのよぉっ…!ひぐっ!」


こんな場面を見られて気まずいものの、泣きに泣いて思考力が低下していた私もまともに応対できなかった。


そんなダメダメになっている私達を見て、神条さんは高速瞬きをすると、おずおずと申し出て来た。


「あ、あの、もしよければなんですが…、私もその『失恋大泣きの会』とやら参加しちゃダメですか?」


「「「へ?」」」


今度は私達が目を丸くする番だった。


「えへへ…。私も、その…。失恋したものの、泣くタイミングを逃してしまいまして…。」


神条さんは困ったように笑い、頬を掻いた。






*あとがき*


その少し後ー。

後処理を終えた顧問の新谷先生が、部室を覗くと大泣きしている4人の女子の姿があり、

「皆、どうしたの?婚活が失敗した後の居酒屋での私みたいになってるわよ?」

と発言して、一同ピタッと泣き止む一場面があったとか…(;´∀`)


唐突ですが、嘘コク7人目の話はこれで終わりです。


皆さんご愛読ありがとうございました。


俺達のラブコメはこれからだっ!!


…というわけではなく、あとちょっとだけ続きます。


最後までお付き合い頂けると有難いです。

よければ今後もよろしくお願いします

m(_ _)m💦


トリはお待ちかねのあの子です。

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