第173話 彼女の表情はいつも曇のち雨
「やっぱり…!」
5時限目が終わり、教室の前の戸から様子を覗っていた俺は、ショートボブ女子生徒が息を切らしてこの教室の前の廊下に駆けてくるのを見つけて、片目を眇めた。
廊下の壁に、休んでる風にもたれ掛かり、階下へ続く階段の辺りを見遣っている上月の様子を確認しながら、密かにその背後に忍びより、俺は呼び掛けた。
「よう、上月!こんなところでどうしたんだ?」
上月はビックゥ!と肩を揺らして、こちらを振り返った。
「…!!や、矢口!!べ、別にっ?歩いてたら、小説のインスピレーションが湧いちゃったから、ここで立ち止まって、思考を纏めていただけよ?何か文句あるかしらっ?」
珍しく大慌てして、腕組みしながら言い訳を述べる上月に、俺はニヤリと笑った。
「いや、文句はないけど、大変そうだから教えてやろうと思って。芽衣子ちゃんには、今日はこっちの教室に来ないよう言ってあるから。部活もそれぞれ部室に集合という事になっているぞ?」
俺の言葉に上月は目を瞬かせた。
「へ、へーっ。な、何故そんな私にとってどうでもいい情報をわざわざ伝えてくるのか分からないけど、そうなのね。じゃ、また部活で…。」
そしてどこかホッとした様子で、自分の教室の方へ戻っていく上月を俺は呼び止めた。
「おい。待てよ、上月お前に話がある。」
「な、何かしら…?私は何も話なんてないけど?」
「惚けるなよ?自分が今、おかしい事してるって分かってるだろ?」
「そ、それは…!だ、だって…!」
俺に睨まれ、上月は冷や汗を流してえらく狼狽した。
「詳しく話を聞かせてもらおうか?」
*
*
「なんで、作品作りを教えるという名目で芽衣子ちゃんに付き纏ってるんだ?
しかも、俺と一緒にいるときだけ、あんなに執拗に…!」
「……。」
屋上前の階段で俺に問い詰められ、上月は、渋い顔をして目を逸らした。
「お前、そんなに人に構うキャラじゃないだろ?不自然でおかしいぞ?
そういう意図はないだろうけど、以前の関係もあるんだし、芽衣子ちゃんや周りに上月が俺と芽衣子ちゃんの仲を邪魔する為にやってるのかと誤解されかねない。」
「なっ…!私、そんなつもりじゃっ…!それじゃ、私がまだ矢口の事好きで、嫉妬してるみたいじゃないっ!///
自惚れるんじゃないわよっ!!」
顔を振り仰ぎ、ショートボブの髪を揺らして激昂する上月に、俺は真剣な表情で問うた。
「違うなら、理由をきちんと教えて欲しい。」
「わ、分かったわよ。矢口、ショックを受けないでよ…?」
上月は、渋々…といった様子で重い口を開いた。
「私、見ちゃったのよ。氷川さんが、あなたと同じクラスの柳沢さんと一緒にいるとこ。」
「芽衣子ちゃんと、柳沢が…??」
「ええ…。なんか、『あなたと嘘コクミッションで付き合う』とか、『今日中にあの事をいわなきゃ』とか、何か怪しげなことを企んでいる様子だったわ…。だから、私、またあなたが女の子に嘘コクの事でからかわれているのかと思って、氷川さんがあなたに嘘コクだと告げるのを阻止しようとしていたのよ。」
眉間を寄せて言い辛そうに語る上月に、俺は目を丸くした。
「へ。ってことは、上月は、芽衣子ちゃんに嘘コクで付き合っていたと告げられて、俺が傷付かないように、それを阻止しようとしてくれてたって事か…?」
上月は、顔を赤らめて、焦ったように手をブンブン振って否定した。
「いや、べ、別に矢口の事なんか私はどうだっていいんだけどね!
ただ…一応、同じ部活の部員だし、流石に目の前でやられるのを見過ごすのは、後味が悪いというか…。」
「そ、そうか…。まぁ、俺を気遣ってくれたのは有り難いけど…。嘘コクで付き合ってるのは、俺、承知の上だけど…??」
「はああ?!どういうことっ?」
「いや、芽衣子ちゃんは、嘘コクが大好きで、彼女に頼まれて様々な設定の嘘コクに俺が協力しているんだよ。今は、付き合ってる…という事になっている。」
「何ソレ?矢口の嘘コクの噂を知って、そんな協力を求めてくるなんて、氷川さん、随分無神経じゃない?信じられない!」
芽衣子ちゃんを非難する上月に俺は眉を
「協力しているのは、俺の意思だし、芽衣子ちゃんの事を悪く言わないでくれ。
彼女は俺の事を思い遣ってくれていて、今までもう何度も助けてもらっている。その分俺にできる事は彼女にしてあげたいと思ってる。
柳沢と芽衣子ちゃんが話していたのも、
芽衣子ちゃんの親友の笠原さんと柳沢が同じバスケ部だから、それ繋がりで仲が良いのかもしれないし。
仮に何か企んでいるとしても、あの二人は俺に害意があるとは思えないし、大した事じゃないと思うぞ?」
「嘘コクしてくる女子達を随分信用しているんだね?
矢口。最近、おかしいよ!嘘コク女子の図書委員に対してだって、ちょっと前まで避けて図書室に近寄りすらしなかったくせに、いつの間にか随分打ち解けているし…。以前、矢口を傷つけた事があるのを忘れちゃったの!?」
!?神条さんの事か?
噂では図書委員としか流れていなかったのに、上月がその事実を知ってる事に動揺しながらも、責めるように言われ、つい過去の事を持ち出して言ってしまった。
「いや、もう随分前の事だし、俺が誰を信用して、付き合おうが、上月には関係ないだろ?
大体それをいうなら、上月だって…!」
「私は嘘コクじゃなかったもの!矢口だって知っているくせに…!ただ、私の話を聞いてくれなかっただけじゃない…!!」
傷付いた瞳で、言い返してくる上月に、俺は
ため息をついた。
「そうだったな…。あの時は俺も余裕がなくて、悪かった…。」
「謝らないでよ…。分かってる。悪いのは、私に決まってるじゃない。謝られると、余計惨めになるわ…。」
辛そうな表情で上月は俯いた。
「とにかく、俺、あの時の事は本当に気にしていないから、もうお互いチャラにしないか?
今ならお前の恨み言も全部聞いてやれる。話してくれないか?」
「や、矢口…。今まで、聞く耳持たなかったのに、何で急にそんな事言うの…?」
上月は、信じられない事を聞くように目を見開いた。
「いや、上月があんな事を言ったのは、俺にも何か悪いところがあったからだろう?
全部スッキリするまで話してくれよ。
だから、罪悪感から、変に俺の事を気遣って、芽衣子ちゃんに付き纏ったり辛く当たったりするのは、やめて欲しいんだ。」
「…!!!(本当の彼女だった私は、信用してくれなかったくせに…。守ってくれなかったくせに…。)」
「え…?」
「何でもない!
分かったわ。矢口は、今、嘘コク上の付き合いの彼女を意地悪な元カノから守ることで頭がいっぱいなのね…!」
「いや、別にそうは言ってねーよ!」
「矢口に今更話すことなんて何もないわ!
どうせ矢口にとっては、どうでもいい事でしょうから!!
余計な事して悪かったわね!!
彼女のせいで矢口がどんな目に遭おうが私はもう知らない!!
彼女にもあんたにも一切干渉しない。安心してっ?」
「あっ!上月っ!!」
上月は泣きそうな表情で叫ぶなり、俺が止める間もなく、勢いよく階段を駆け降りていった。
「しくっちまったかな…。」
ハーッと息をつき、ポリポリと頭を掻いた。
どちらにしろ、部活内が気まずい雰囲気になるのは変わらねーかもしれない。
上月の泣きそうな表情に過去の事を思い出してしまった。
付き合った初めも終わりも、彼女は辛そうに泣いていた。
*あとがき*
次回から7話分、嘘コク7人目、上月彩梅の過去編になります。
いつも読んで頂きまして本当にありがとうございます✨🙏✨
フォロー1000人を越えまして、読者様に日頃の感謝を込めて、おまけ話を近況ノートに公開させて頂いています。
短いお話ですが、よかったらご覧下さいね。
今後ともよろしくお願いしますm(__)m
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