第135話 迷子の信太くん

「芽衣子ちゃん。ごめんね。

今日の風紀委員の活動行くのが少し遅れそうなんだ。先に生徒指導室行っててもらっていいかな?本当に申し訳ない!」


「ごめんね〜。氷川さん。ちょっとだけ、彼氏くん借りるわね?」


2-Dのクラスに京ちゃんを迎えに行くと、

京ちゃんと、京ちゃんの担任=新谷良子先生(29才、独身:ロングヘアーで泣きぼくろのある、なかなかの美人)に手を合わせて、謝られた。


「えっ。そ、そうなんですねっ。分かりました。風紀委員の方にはお伝えしてきます。」


私は内心がーん!とショックを受けながら、

無理に笑顔を浮かべた。


京ちゃんが、担任の先生にもよく用事を頼まれるのは、知っていたけれど、こんなに綺麗なひとだったんだ。


風紀委員長といい、先日の双子の女の子達といい、京ちゃんが沢山の女子達に囲まれ、

頼りにされている事に私は心穏やかではいられなかった。

まぁ、担任の先生と生徒の間柄だし、職員室での仕事だというし、他の先生の目もあるから、万一の事はないとは思うけれど…思うのだけど。


「ありがとう、芽衣子ちゃん。ホントゴメンね〜。」


「だ、大丈夫ですよ?じゃ、じゃあ、これ、京先輩の分、今渡しておきますね。」


「あ、ありがとう…。」


せめてものお守り代わりにと、お弁当の包みを押し付けると、京ちゃんは、ぽっと頬を赤らめて受け取ってくれた。


         *

         *


「どうした、芽衣子嬢?他のワンコにおやつをとられたうちの飼い犬のメメのように落ち込んでいるじゃないか?矢口少年はどうした?」


会議室テーブルで他の風紀委員の女子達と

お弁当を食べていた白瀬先輩が、生徒指導室へ入ってきた私の顔を見るなり心配そうに声をかけて来た。


「白瀬先輩、ひどいです。ううっ。どうせ、私なんかおやつ寝取られワンコですよ…。

京先輩、担任の先生の用事を手伝ってから来るそうですので、少し遅れるそうです…。」


涙目でしょんぼり報告をすると、白瀬先輩は、頭を搔いて謝って来た。


「あっ。そ、そうだったのか。それは、無神経な事を言ってしまったな。

すまん。芽衣子嬢。こっちで、一緒にお弁当でも食べないか?」

「そうよ。氷川さん、一緒にお弁当食べましょ?」


白瀬先輩と隣の雨宮先輩も優しく誘ってくれたが、私は力なく首を振った。


「ありがとうございます。でも、ごめんなさい…。今、あまり食欲がなくて…。先に見回りのお仕事行ってきてもいいですか…?」


「そ、そうか…。でも、体調よくないなら、無理に仕事しなくてもいいんだぞ?見回りは潮と、矢口少年が帰って来てからでも…。」


白瀬先輩がそう言ってくれたが、私は頑なに

首を振った。


「いえ…。何かしてないと、色々悪い想像してしまいそうなんで、やらせて下さい…。」


「そ、そうか…。何かあったら、すぐに戻ってきてな。」

「はい…。」


私は、白瀬先輩にチェック項目の紙をもらうと、生徒指導室を出てとぼとぼとした足取りで割り当てられたチェックポイントの場所へ向かったのだった。

          *

          *


『美人教師…。』『生徒との禁断の愛…。』


いやいや、京ちゃんに限ってそんな事…!


『先生は僕の為に全てを捨てた…。』


ダメダメッ!そんな事考えちゃダメだっ!


モヤモヤした心配事や、妄想を振り払っていると、チェックポイントの屋上前の階段で

何やら数人の男子に小さい子が絡まれている場面を目撃してしまった。


「今日は遅かったじゃない。信太くん!」


「俺、金欠でさ。ジュースと雑誌、コンビニまで買いに行ってくれるかな?

来月返すからさ。俺達友達だろ?」


チャラく、制服を着崩した男子生徒二人が、

小学校中学年ぐらいの男の子を壁際に追い詰めるにして迫っていた。


「い、嫌だよ…。そんなの…。どうせ返してくれないに決まってるだろ?」


小さい男の子は、長い前髪で、顔が隠れていて表情はあまりよく分からなかったが、

声の調子と体が小刻みに震えている事から、男子生徒達に対して不快感と恐怖を感じているのは明らかだった。


よし。これは、恐喝現場と見て間違えなし!

私は、保健のツボ押しの授業で使う為、ゴルフボールを2つ、手提げに入れていてた事を思い出した。


今回、悪い奴らは、間違いなく二人のみ!


ゴルフボールを、足に当てて、男子生徒に正確にエイムを合わせる。


「ああん?逆らうのか?女子が怖くて、男子とも仲良く出来なかったら、お前の居場所なんてどこにもねーだろが!体に分からせてやろっかぁ?」


「ひいぃっ!!」


一人の男子生徒が拳を振り上げたところを、

一撃…!


ドゴンッ!


「ギャフッ!」


「な、なんだ?おい、友引!どうした?お前、何をっ…!」


「ひっ!ぼ、僕は何もしてなっ…!」


突然倒れた男子生徒に驚き、もう一人の男子生徒が、小さい子の襟首を掴んだところを一撃…!


ゴスッ!


「くっはぁ!」


「へ?な、何が起こったの?」


床に倒れている二人の男子生徒を見て、目をパチクリしている男の子のところへ、駆け寄った。


「そこの君〜。大丈夫ですか?」


「あっ。ハイ。大丈夫…ですけど…。(うわっ。女の子だ!しかも、カーストの高そうな美少女…!もしかして、この子がコイツらやっつけたの?こ、怖い…!)」


さり気に下に落ちていた証拠(凶器)のゴルフボールを回収すると、私は震えている男の子に安心してもらえるよう、笑顔を向けた。


「怖かったね。悪いお兄さん達は、やっつけたので、もう大丈夫ですからね。

こんな小さい子に詰め寄るなんて、本当にひどいお兄さん達ですねぇ。

今、風紀委員のお姉さん達に処理してもらいますからね。」


「しょ、処理って…。風紀委員のお姉さんって…。」


「お姉さん、期間限定の風紀委員なんです。

学校の見回りをしている警察みたいなものかな?坊や、ここ、高等部なんだけど、どこからか、紛れ込んじゃったのかな?

取り敢えず、先生にご報告して、小学校に送って行ってあげるからね?」


確か、青春高校から、徒歩10分程の距離に、小学校があった筈。

私は、この坊やが、そこから紛れこんじゃった生徒かと思ったのだ。


「へ?小学校?!(もしかして、この女の子、僕の事、小学生だと思ってる?

しかも、僕が仕事をサボっている風紀委員の一員?ヤバっ!)い、いや…違っ…!僕は、この学校の…ふ、風紀委員のっ…!」


「ああ…!風紀委員にお姉さんがいるんですか?それなら、話は早いです!お姉さんに会いに、生徒指導室へ行きましょう!

はいっ。もう、迷子にならないようお姉さんと手を繋いで行きましょうね?」


「えっ。いや、ちがっ。ふわっっ?!(うわぁ!!手柔らかっ!!初めて女の子と手を繋いじゃった!!アレ?でも、どうして鳥肌立たないんだ…?)」


何故か不思議そうに首を傾げている坊やと手を繋いで、生徒指導室へ向かう事になった。


「き、君、強いんだね…?」


「まぁ、前よりちょっとは強くなりましたかね。これでも、お姉さん小さい頃は、弱っちい、いじめられっ子だったんですよ?」


「努力して強くなったなんて偉いね。僕なんか、今だに弱っちいいじめられっ子だ…。」


しょんぼり俯く坊やに、小さい頃の京ちゃんや、私を思い出し、私は優しく微笑んだ。


「今からでも、頑張れば強くなれますよ?

何なら、お姉さんでよければ、キックボクシングおしえましょうか?」


「遠慮しとくよ。そんなの、努力したからって、誰でも強くなれるワケじゃないだろ…?僕の体格じゃ、やってもたかが知れてるよ。」


「んー。それじゃあ…。」


私は坊やの長い前髪を見やって、言葉を切った。


「前髪、切ってみたらどうですか?きっと、目力が増して素敵になりますよ?」


「目力?」


「はい。目力強い人に睨まれたら、いじめられっ子だって怯む筈です。きっと、いじめられなくなりますよ。」


「そんなうまくいくかなぁ?」


「いきますよ!お姉さんは、昔、目力だけで、いじめっ子から銃のおもちゃを『りゃくだつ』した事があります。」


「いや、『りゃくだつ』はダメでしょ…。」


半信半疑の坊やに、思わずドヤ顔で、『りゃくだつ』を自慢して、ダメ出しされてしまった。

そりゃそうだ。私は、子供になんて事を言っているんだろうと赤くなって、訂正した。


「そ、そうですね。『りゃくだつ』はいけない事でした。い、今はもうそんな事してませんけどね?と、ところで坊やの名前は何て言うんですか?」


「え?2年の庭木信太だけど…。(この学校の生徒って気付くかな…。ドキドキ…。)」


「信太くん、いいお名前ですね?2年生の割には大きくてしっかりしてますね?」


そう言いながら、風紀委員の中に庭木なんて名字の女の人いたかな?と私は首を捻った。


「え?(も、もしかして、僕、小学2年生だと思われている??)あ、あの、君は…?(誤解してる?)」


「ああ。お姉さんの名前は、氷川芽衣子といいます。」


「氷川芽衣子?!確か嘘コクの矢口くんとヤりまくってるって噂の…?」


!!!


坊やの口から、いきなりすごい言葉が飛び出て、私は慌てた。


「こ、こらこら、坊や、ヤりまくってるなんて、子供がなんて事を…!どこから聞いたのか知りませんが、その噂は、本当の事じゃありませんからね?変な事を言ってはダメですよ?」


私は赤くなって、坊やの前に人差し指を突き出して、釘をさした。


「そ、そうなんだ…。(なんだ、矢口くんと付き合ってるワケじゃないのかな…。アレ?俺、なんで、ホッとしてるんだろ?女の子苦手な筈なのに…。俺、もしかして、この子の事気になってるのかな…。)」


生徒指導室の前に行こうとすると、階段のところで、京ちゃんが、白瀬先輩と連れ立って階段を登って来るところに行き合った。


「芽衣子ちゃん…?!」

「あれ?芽衣子嬢…??」


「きょ、京先輩…!!」


先生を手伝っていたはずの京ちゃんが、今度は白瀬先輩といる事に、私は動揺した。


顔色に出ていたのか、白瀬先輩は、すぐに私に説明をしてくれた。


「ああ、職員室に用事があったので、ついでに、手伝いが終わった矢口少年を回収して、生徒指導室に向かう途中だったんだ。」


「そ、そうだったんですね。」


「え、えーと、それで…。そちらは、一体全体どうしたんだい?」


白瀬先輩は、何故か、京ちゃんの様子をチラチラと心配げに窺いながら、

私が小さい子の手を引いている理由を聞いてきた。


あれ?京ちゃんの顔色すごく悪いけど、

体調でも悪いのかな…?と私は心配になりながらも、私は答えた。


「えーと、この子、迷子の小学生みたいなんです。さっき悪い生徒達に絡まれていたのを見つけて。風紀委員にお姉さんがいるみたいなんですけど…。庭木信太くんって言うんですけど、ご存知ですか?」


そう言いながら、信太くんを見ると、彼は、白瀬先輩を見て、真っ青になって震えていた。


あれ?信太くんまで、どうしたんだろう?


「お、おう。成る程な?事情は大体分かっぞ?えーと、芽衣子嬢。君は誤解をしているぞ?彼に風紀委員の姉はいない。」


「えっ?」


白瀬先輩は、苦笑いをして、私に衝撃の事実を告げた。


「彼は、小学生ではなく、ここの学校の生徒、2年生の庭木信太少年だ。」


「へっ?!」


私は、驚いての顔を見ると、彼は気まずそうに、俯いている。


えーと、この学校の生徒って事は…、2年生って事は…、小さい男の子じゃなくて、

男の先輩って事?!


「えーーーーっっ!?」


私は彼からパッと手を離すと、青褪めて、涙目になりながら、同じように青褪めた京ちゃんの顔を見た。


「あ、あの、京先輩、これは違っ、違うんです…!だって、私、小さい子だと思っててっ…。あ〜ん!どうして、こうなるのーーっ?」


私は、誰にともなく、思わずそう叫ぶしかなかった。





*あとがき*


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