第132話 桃とハートの関係性
「委員長。はい、卵焼き。あーん♡」
「姫華。悪いな…。あむっ…♡むぐむぐ。ふむ。甘さが程よくてなかなか…。」
?!!
生徒指導室のドアを開けると、風紀委員長の白瀬先輩が副委員長の雨宮先輩にお弁当を至近距離で食べさせてもらっているという百合イベントに遭遇してしまった。
「し、失礼しましたぁっ!!」
急いでドアを閉めて、回れ右して帰ろうとすると、白瀬先輩に慌てて止められた。
「いやいや、矢口少年。帰らなくていいから!今ちょっと、ミーティングで使う書類の修整をしている途中でな。食べる余裕がない
から、昼食を用意していなかったんだが、姫華にちゃんと食えと怒られてな。
お弁当を少し分けてもらってたんだ。
別にここで不健全な百合イベントが行われていたワケじゃないぞ?安心したまえっ。」
「あ、そ、そうなん…ですか?」
早口で必死に説明する白瀬先輩に、俺は固まりながらも、頷いた。
確かに会議室テーブルの席についた白瀬先輩の手元には、印刷前の原稿が何枚か置かれていた。
「ふふっ。そうですよ、矢口くん。誤解しないで?
委員長が、本当にしょうがない人だから、私が全部管理してるだけなのよ♡」
「は、はぁ…。」
雨宮先輩は、ニッコリ笑ったが、なんかちょっと言ってる事怖い。
雨宮先輩のお弁当の量はおかずにしろ、ごはんにしろ、どう見ても、一人分とは思えない程量があり、白瀬先輩に分けてあげる事を前提に作って来ているのは、明らかだった。
他の委員もそうだけど、基本的にここの女子達、白瀬先輩にガチラブなんだよなぁ…。
「「「お疲れ様で〜す♡」」」
後ろから、風紀委員の女子達が次々と部屋に入ってきて、ハートの目をしながら、白瀬先輩に挨拶していた。
「うん。お疲れ!あ。君達も、矢口くんも、先にお昼食べててね。20分後にミーティング始めるから。」
「あっ。はい…。」
「「「は〜い♡」」」
小谷くんも、芽衣子ちゃんもいない中、
この雰囲気の中に一人入ってくのは、気後れするよなぁ…と、俺は白瀬先輩達から一番遠い席に座って、芽衣子ちゃんから預かったお弁当を出していると…。
「ほほぅ…、これは可愛らしい!桃の形の
海老を飾ったちらし寿司とは、手が込んでいるな!!」
距離を置いたはずのポニーテールの美少女がすぐ真横で俺のお弁当を覗き込んで、ヒソヒソと話しかけてきた。
「のわぁっ、白瀬先輩っっ!いつの間にそこに…?!お仕事はどうしたんすかっ?」
「大丈夫。書類作りは終わって、今姫華に印刷してもらっている。それより、そのお弁当は、もしかして芽衣子嬢のお手製かな?」
ニヨニヨ笑う白瀬先輩に突っ込まれ、俺は言葉に詰まった。
「い、いや、そのっ…!」
誤魔化すにも俺のお弁当を包んでいたナプキン(紺地に桜模様)は、隣りに置いた芽衣子ちゃんのお弁当の包んでいるナプキン(濃いピンク地に桜模様)と、色違い。明らかに、同じ人が作ったと分かるものだった。
「お弁当まで作ってもらって、胸まで揉んでおいてまだ君達付き合っていないのかい?
いい加減にけじめをつけた方がいいと思うけどな…。どこかの生徒会長と副会長じゃないが、成功率100%なんだから早く告白しちゃえばいいのに…。」
腕組みをして呆れたようにそう言う白瀬先輩に、俺は文句を言った。
「他人事だと思って簡単に言わないで下さいよ。俺は白瀬先輩とは違うんですから。」
「おや。雅や、潮みたいな事を言うじゃないか。傷付くな…。だって、どう見ても芽衣子嬢は、君に好意を…。」
「芽衣子ちゃんは、俺じゃなくて、嘘コクが好きなんですよ。」
今、キパッと言って、自分で傷付いたわ。
「嘘コク…?」
「そうです。」
そう。勘違いしちゃいけない。彼女の好意は、嘘コクを通したもの…。
決して俺自身を好きなわけではない。
俺が本当に彼女の側にいたいと願ったのなら、俺はあらゆる努力をして、彼女を本当の意味で振り向かせる必要があるのだ。
それまでは、例え告白をしたとしても、
「京先輩、今の嘘コク最高でしたよ!私の為にありがとうございます!!」
などと、全ては芽衣子ちゃんの嘘コクラブ♡に吸収されてしまいかねない。
「ふん…。そうか、矢口少年は、自己評価が低過ぎて、時々目の前の物事があまりよく見えていない事があるんだったな…。」
「??」
白瀬先輩は、俺を見ながら、顎に指をかけてしばらく何か考え事をしているようだった。
「よし…。では、聞くが、芽衣子嬢の作ってくれたこの桃の形の海老なんだが、いつも食材でこんな可愛らしい形を作ってくれるのかい?」
白瀬先輩は、俺のお弁当の中身を指差して、
問い掛けてきた。
今日のお弁当は、白瀬先輩の指摘された通り、ちらし寿司で、上に細かな錦糸卵が敷き詰められた上に、桃と桃の葉を形作った海老と、サヤエンドウがいくつも飾られている力作だった。
「え。は、はい…。俺が桃を好きだと言ったせいか、まぁ、だいたい桃の形の卵焼きとか、でんぶの飾りとか、入れてくれてますけど…。」
「そうなんだ。すごいな!桃の葉っぱは、一番最初にお弁当を作ってもらった時からついていたのかな?」
「最初から…?」
質問の意図が分からないまま、俺は首を傾げ、記憶を辿ってみた。
確か最初に芽衣子ちゃんに作ってもらったのはサンドイッチだった気がする。
あの時は、女の子から手作り弁当をもらうなんて初めてで、すごく感動したし、その後、
剛原に一つ奪われるというハプニングがあったから、よく覚えている。
サンドイッチには、やっぱり桃のマークがついていたけど、葉っぱはついていなかったよな…?
その次に作ってきてくれたお弁当を見て、今度は桃の葉まで付けてくれたんだと更に感動した覚えがあるから、うん。最初はなかったな…。
「最初にもらったお弁当で、サンドイッチに桃のマークを付けてくれていましたが、葉っぱは、確かなかったですね…。」
「そうか。やっぱりな…。」
そう伝えると何故か、白瀬先輩は、少し顔を曇らせた。
「矢口少年。ちょっと手を出しなさい。」
「えっ。手?」
少し厳しめの口調でそう言われ、思わず手を上げるように差し出すと、白瀬先輩は、強引に俺の手を引き寄せた。
「わっ。白瀬先輩、何をっ!こ、こそばいっ。や、やめっ…!」
白瀬先輩は、胸ポケットからペンを取り出すと、俺の手の平に何かマークのようなものを描いた。
「桃の形…?」
白瀬先輩に手の平に描かれた桃のマークを見て俺は眉を顰めた。葉っぱのついていない
シンプルな輪郭だけの桃の形。
「今上向きにしている、そのマークを下向きにしてみてくれないか?」
「下向きに…??」
戸惑いながら、ちょっと辛い体勢だが、肘を曲げて下向きになるようにしてみると…。
俺の手の中のマークは、『♡』のようになっていた。
「何に見える?」
「ハートのマーク…ですかね?」
「そう。それが、芽衣子嬢の本当の気持ちだ。」
「えっ?!」
「詳しいやり取りは、分からないが、
芽衣子嬢は最初は、君への愛を込めて食材にハートの印をつけたのに、君はそれを桃の形と誤解した…、もしくは、桃の形が好きだと言ったんじゃないかい?
君の気持ちを忖度した彼女は、無理に自分の気持ちを押し付けず、桃の形のお弁当を作るようになった。違うかな?」
「そんな…そんな筈は…!」
思ってみないことを言われ、俺は動揺した。
だって、芽衣子ちゃんは、最初から、桃の形だって認めていたし、「京先輩にそんなに喜んでもらえて、私も嬉しいです。」って…!
でも、言われてみれば、そう言った時、芽衣子ちゃん何かを飲み込んだような表情はしていたんだよな。
本当はハートのつもりだったのに、俺が桃が好きと言ったから、忖度しての表情だったのだろうか。
いや、でも、仮にそうだとしても、
天然の芽衣子ちゃんの事だから、別に俺の事が好きって意味じゃなくて、ただ、可愛いからという理由でハートマークをつけたという事も考えられるぞ。それか、オプションの嘘コクだったという事も考えられる。
「も、もしそうだったとしても、それで俺を好きとは限らないじゃないですか。」
そう反論すると、白瀬先輩は、頷いた。
「うん。そうだな。女子って可愛いもの好きだから、深い意味はなく、ハートマークをつけたという事も大いに考えられる。」
「そうでしょう?」
「でもね、矢口少年。桃が好きな君の為に、ハートだったマークを桃と偽り、
毎日のようにそのマークをお弁当に入れてくれる。その事にハート以上に、彼女の確かな愛を感じないかい?」
「っ………!」
俺は、胸を衝かれて何も言えなかった。
白瀬先輩は、更に追い打ちをかけるような言葉を放った。
「芽衣子嬢の嘘コク好きとやらも、似たようなものなのではないかい?
嘘コクも、マジコクも、どちらも告白には変わりない。
誰が見てもすぐに分かる芽衣子嬢の君への気持ちを、君は嘘コクとして無かったものにしているのじゃないのか?
見えているものを見ない振りして、君はずっと、彼女の気持ちをスルーし続けているとしたら…、
本当にそれで君はいいのかい?」
「白瀬先輩!いや、いくら何でも、そんなワケ…!」
流石にそれはないと思った。
だって、芽衣子ちゃんは、一番最初から喜々として嘘コクを受け入れ、楽しんでいた。
最初の告白がマジコクだったというなら、
嘘コクと言われた時に悲しそうな表情をするものじゃないか?
大体そんな事になったら、嘘コクを通して築いて来た今までの芽衣子ちゃんとの関係が全部覆ってしまうじゃないか。
白瀬先輩の言葉を到底受け入れることができなかったが、それは俺の心を強く揺さぶった。
「納得できないか。よろしい。では、君達が風紀委員に貸し出されている間、私が彼女の秘密を解き明かしてみよう!」
「そ、そんな勝手に…!!」
「いやいや、礼など、いらないぞ?」
「いやいや、文句言ってんですよっ!余計なお世話ですから首突っ込まないで下さいよっ!!」
悦に入っている白瀬先輩に、俺は思わず叫んだ。
「むぅっ!放っておく事はできん!何故ならこれが風紀委員としての仕事でもあるからだ!」
「はあ?」
「君は芽衣子嬢の本当の気持ちを知り、ちゃんと付き合い、けじめをつける。
芽衣子嬢は、君とラブラブになり、安心して
過剰なスキンシップを控えるようになる。
二人で、健全な付き合いをすると私に約束をする。
(ぶっちゃけ、せめて学校では過激なイチャイチャしないでくれ!)
私を安心させてくれたら、無事保護観察期間が終わり、風紀委員への貸し出しも終了。
と、こんな感じで、皆ハッピーになる流れだが、どうかな…?」
いや、どうもこうもねえよ!
得意満面の笑みを浮かべる彼女に、そう言って怒鳴ってやりたかったが、言い出したら聞かない人だという事は、
前回貸し出しを受けた時に重々分かっている。
更に面倒な事になったと、俺は大きなため息をついた。
*あとがき*
いつも読んで頂きまして、フォローや応援、評価下さってありがとうございます。
カクヨムコン読者選考期間につき、格別に配慮下さった読者様がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございました✨🙏✨
最終日ラブコメ123位までいけました。
本当に感謝しかありません😭
近日中に読者の皆様に感謝を込めてお礼のおまけ話などを書けたらと思っておりますので、読んで頂けると嬉しいです。
今後もよろしくお願いしますm(_ _)m
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