第92話 全てが終わったその後に…
お茶セットを戻しがてら、私が京ちゃんとリビングに戻ると、テーブルに座って、項垂れていたお母さん(馬)は、ビクッとした。
「だ、大丈夫よ?お母さん、何も聞いてないから!この下に耳栓してるから…!」
「だから、お母さんは、何を心配してるの?私達は、そんなふしだらな事は何も…。」
と言いかけた事で、さっき京ちゃんにセクハラ(ほっぺにキス)をした事を思い出した。
思わず、京ちゃんと目を見交わすと、京ちゃんもさっきのキスを思い出したのか、お互いに真っ赤になって、目を逸らした。
「あ、あまりしていないから…。」
「…!!」
「きょ、京先輩、もう帰るって。下まで送ってくるね。」
「きょ、今日は、急に押しかけちゃってすみません。お邪魔しました。」
衝撃を受けた様子のお母さんに、私と京ちゃんは声をかける。
「や、矢口くん…。ううっ。芽衣子をよろしく…ね…。」
「え、ええ…。こちらこそ、よろしくお願いします…。」
涙ぐみながらそう言う、お母さんに
ちょっと引きぎみに京ちゃんはペコリとお辞儀をして、私達は玄関を出た。
「なんか、お母さん、誤解してなかったか?芽衣子ちゃん、微妙な言い方するし…。」
京ちゃんに言われ、私はアワアワしながら、
何度も頷いた。
「そ、そうですね!アレはお祓いでしたもんね!全然ふしだらではありませんでした!後でお母さんにちゃんと説明しときます!」
「あ、ああ…。」
「……。」
「……。」
そして沈黙。気まずいのに、なんだかくすぐったいような…。
先に京ちゃんが話題を切り出した。
「お、お祓いの威力すごかったよ。なんだか肩の辺りがスッキリ軽くなった気がする。」
「本当ですか?よかった。」
そこで、京ちゃんが真柚さんにキスされていたシーンをふわんと思い出した。
ここは、牽制して置かなければ…!
「あと、一つ言い忘れていたんですが、他の人に同じようなお祓いをされると、さっきのお祓いの効果は消えてしまいますので、注意して下さいね?」
「え?そうなの?」
「はい。その時はもっと強いお祓いをしなければならなくなります。」
私はできるだけ怖い顔を作ってもっともらしく説明する。
「そ、そうなんだ…。次回から有料なんだよね?いくら?」
「え、えーと、1000円です。」
「へ、へぇー。(うーん、1000円で美少女にほっぺにキスしてもらえるなら、安い方か?考えちゃうな…。)」
何やら深く考え込んでいる様子の京ちゃんに、私はアセアセして言った。
「や、安かったです…かね?そ、そしたら、もう少し値上げしても…。今、あんまり持ち合わせがないので…。」
「??」
「来月になったら、5000円までなら払えますが…!」
「うん。それでいいよ?って、君が払うんかーい!!」
流れるようなノリツッコミをしてくれる京ちゃんだった…。
*
*
マンションの入口で、京ちゃんの後ろ姿を見送りながら、私は静かに胸に闘志を燃やしていた。
今日はちょっと大胆だったけど、京ちゃんにキスを上書きしちゃった。
トラ男を倒したその後には、おそらく、真柚さんとの女の戦いが待っている。
真柚さんにも、昔の私にも負けない私になる…!!
むんっと拳を固めて、気合を入れていると、
静くんがジムの荷物を背負ってマンションのエントランスに入ってきた。
「芽衣子、何やってんだ?」
「あ、いや、京ちゃんが来てたんだけど、今帰るとこをお見送りしてたの。」
「あ、矢口さん、来てたんだ。会えなくて残念だったな…。」
家に戻りがてら、静くんにトラ男の話を振られる。
「そういえば、南さんから聞いたけど、あの嵐山って奴に、矢口さんの知り合いが絡まれてるんだって?
鷹月師匠が動いて、かなり大掛かりな事になってるらしいな?
奴とは一度一戦交えてみたかったし、俺も、一枚噛ませてくんねーか?」
ワクワクしている様子の静くんに、私は渋い顔をした。
「何言ってんの!静くんは次は大会の優勝目指してるんでしょ?練習に集中しないと…!外で喧嘩なんかしたら、出場停止になるよ?」
「うっ。まぁ、そうなんだけどな…。
この前の試合に矢口さんを呼べって言ったの俺だし、無関係とは言えん。なんか力になれる事があったら言ってくれ。」
「うん。ありがとう。静くん。」
私は、普段無愛想で面倒臭がりの義弟が、自ら協力を申し出た事にちょっと驚いた。
意外と情に厚いところがあるのかもしれないな…。
そして、あーちゃんが冗談半分に、静くんに関して打診されていた事があったのを思い出した。
「あっ。そういえば、あーちゃんが、協力する報酬に静くんと一日デートしたいって言ってたんだけど…。」
「それは無理!!」
にべもなく、断られた。
「南さん、キックボクシングの選手としては、鬼のように強いし、尊敬してるけど、あの人の最近俺を見る目は、ねっとりしてて、怖えーわ。
デートなんてしたら、どんな恐ろしい目に遭うか…。」
「うーん、やっぱりダメかぁ…。」
鳥肌を立ててブルっと震えた静くんを見て、私は苦笑いした。
仕方がない。報酬は他のものにしてもらおう…。
「「ただいまー。」」
「うおっ?!ビビったぁっ…!なんでこんなところで馬が打ちひしがれて…?」
家に戻り、リビングに先に入った静くんが、大声を上げる。
あ。やば。お母さんそのままだった。
お母さんがリビングテーブルの上にアルバムを広げて、泣いていた。
「あの小さかった芽衣子が半分大人の階段を…っ。ううっ。あっ。静くん、お帰りなさい。」
「もしかして、母さん…か…?」
静くんは信じられないものを見たように愕然と呟くと、ゆっくりとこちらを振り返った。
(またお前の仕業か…?)
その瞳が雄弁にそう語っていた。
「え、えーとね。静くん…。これには訳があって…。」
「お前は母さんに一体何をさせてんだっっ…!こんの親不孝者がぁっっ!!」
「ううっ。お母さん、ごめんなさいぃっ。」
静くんに一喝され、私は半泣きになった。
トラ男の件が片付いた後、もう一つ早急にやらなければならない事があると痛いほど気付かされたのだった。
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