第57話 嘘コク四人目 神条桃羽
「だからさぁっ。この本借りないと、宿題できないって、言ってるでしょ?あんた、ちゃんと話聞いてんの?」
カウンターの前に立った男子生徒の苛立ったような声が響き、俺を含む図書室にいた生徒達は全員そちらに振り向いた。
放課後、机で宿題をしていた俺は、どこかで聞いたことのある声だと思い、男子生徒の方に目を向けた。
「で、ですからっ、井崎くんは、前回借りた本を一ヶ月返却が遅れたので、ペナルティとして一週間は本を貸し出しできない事になっています…。」
図書委員らしき、メガネをかけた大人しそうな女の子が、泣きそうになりながら、怒っている男子生徒に説明をしている。
どうやら、本を貸す、貸さないで揉めているらしい。
「それは分かってるけど、宿題で必要な時は特例として認めてくれてもいいでしょって言ってんの。」
短髪に細目の男子生徒はなおも図書委員の女生徒に詰め寄っていた。
ああ、男子生徒の方見たことあると思ったら、隣のクラスの井崎じゃん。体育とか、英語とか、合同授業とかで一緒だけど、
こいつ、何かといっちゃー、ケンカ腰にイキってくる面倒くさい奴。けど、強い奴やリア充には絶対逆らわないの。ついでに同じクラスでテニス部の加藤マミちゃんが好きらしい。
「でもルールでは…」
「ルール、ルール、あんたそれしか言えねーのかっ!」
「ひっ!」
激昂して大声を上げた井崎に怯え、図書委員の女生徒は涙目になった。
あーもう、面倒くさいけど、しゃーねーな。
俺は、自習用の席を立って、口を出した。
「おい。井崎。うっせーわ。図書室で騒ぐなや。」
「ああ?お前…嘘コクの矢口か?関係ねーだろ?」
「関係ねーけど、いーのか?」
「あん?」
俺は井崎にひそっと耳打ちしてやった。
「加藤さん、さっき図書室覗いてたぞ?」
「えっ!!」
途端に顔色を変える井崎。
や、ごめん。嘘だけどな。
「彼女、優しい男が好きだって言ってたぞ?あんま騒いで噂にになったらまずいんじゃねーか?」
「う、うるせーな…。余計なお世話だ。」
と言いながらも井崎は急に勢いをなくした。
「宿題で必要な本ってどんなんよ?」
「ああ、なんか、なんか、地理のプリントで郷土史の本調べろって奴」
「それなら、D組も同じ内容の出てて、今やり終わったけど、数行本の内容写せばいいぐらいだったから、借りなくても、ここでやってけばいいだろが」
「そうなのか?」
「ああ。ここで閲覧して、今日中に返す分には貸し出ししなくてもいいよな?」
「え、ええ…。それはもちろん大丈夫です…。」
「んだよ。なら、安田(地理の先生)の奴も最初っからそー言ってってくれればよ。」
「そだな。」
一応同意してやったが…。うん、多分先生言ってた。君、聞いてないだけ。
「じゃ、これ、借りなくていいわ。閲覧で。」
「あ、はい。」
「怒鳴って悪かったな。」
「い、いえ…。」
井崎は急にしおらしく謝ると、自習用机で本の内容を書き写すと、バツが悪そうに図書室を去って行った。
なんとなく、図書室全体がホッとした雰囲気になったところで、俺も図書室を出ることにした。
廊下に出たところで、誰かが後ろから追いかけてくるのに気付いた。
「ま、待って下さい!」
さっきの図書委員の女生徒だった。
?!!
巨大な胸をゆさゆさと揺らして、こちらに走って来るのを俺は思わず、ガン見してしまった。
おおぅ…。さっきはカウンター越しで気付かなかったけど、なんて立派なものをお持ちで…!
「わ、私、図書委員の
さ、さっきはありがとうございました!」
図書委員の神条さんが、ペコリと頭を下げると、当然のようにたゆんと乳も揺れた。
いかん!見入ってしまう!
慌てて目を逸らした。
「あ、ああ。井崎?お礼を言われる程の事してないよ。知ってる奴だから声かけただけで…。」
「でも、とても助かりました。今、もう一人の当番の先輩が用事でいなくて…。すごく心細かったんです。」
「そうだったんだ。ああいう奴は、弱気に対応すると、舐めて余計に圧かけてくるから、毅然と言うべきことだけ言って、後は先輩や先生に任せた方がいいよ。」
「そうなんですね…!今度からそうします。」
神条さんは感心したように頷いた。
「うん。じゃ、俺はこれで。」
「あ、ま、待って下さい…!」
帰ろうとするところをまた引き止められた。
「お名前を教えて下さい。何かお礼をさせてください。」
「いや、いいよ。礼も言ってもらったし。」
とても言えないが、乳揺れを見てしまって、目の保養もさせてもらったことだし…。
お礼は既に十分頂いてます…!
「でも、それでは、私の気持ちがすみません。」
う〜ん、そう言ってくれるのはありがたいけど、正直今あんま女子に関わりたくないんだよな。
嘘コクの噂が立って以来、女子としゃべってるだけで、嘘コクかと疑われ、ヒソヒソ話をされるような状況だからな。
悪い子じゃないだけに申し訳ないが、ここはきっちり線を引かせてもらおう。
「俺は、D組の矢口京太郎。噂知ってるっしょ?俺に関わると、碌な事ないよ?」
神条さんは、ああ!と嬉しそうに大きく頷いた。
「矢口さん。知ってます。三人から告白されたモテモテの方ですよね?」
え?何その情報の齟齬?そんな嬉しい状況だった事一度もないけど。
「いや、全部嘘コクなんだけど…。」
「そうなんですか?私、噂には疎くって。」
パチパチと目を瞬かせる神条さん。
この子、ちょっと天然さんかな?
「では、矢口さん、お礼に、何か私にもできることはないでしょうか。
あっ。返却期限過ぎても見逃してあげてもいいですよ?」
「いや、返却期限のルールを守ろうとして、さっき揉めてたのに、お礼にそんな事したら本末転倒でしょ?」
「あっ、本当ですね…!1日、2日位ならいいかと思ってしまいまして…!」
神条さんは口元を押さえて顔を赤らめた。
やっぱ天然さんだな。この子。しかも、
1日、2日ぐらいの想定だったらしい…。
「あっ。じゃ、じゃあ、矢口さん。本はお好きですか?」
「あ、ああ。嫌いじゃないけど…。」
「矢口さんにオススメの本を紹介するってのは、どうでしょう?」
パァッと顔を輝かせた神条さんを見て、この子メガネで分かりにくいけど、綺麗な顔立ちをしているんだな…と一瞬思ってしまった。
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