第36話 嘘コクデートの待ち合わせ

「あっ!京先輩〜!!」


4月下旬の土曜日。

待ち合わせ時間10分前に駅前の噴水のある広場に着くと、噴水前のベンチに座っていた芽衣子ちゃんがこちらに気付いて嬉しそうに手を振ってきた。


マジか。本当にいた。

芽衣子ちゃんが信じられないというよりは、何故こういう状況になったのか今一分からないまま、言われるまま、待ち合わせに場所に来てみて、本人がいた事で、やっとこれが現実の事だと実感した感じ。


ポニーテールにした髪を揺らして、白いレースのワンピースに青いカーディガンを羽織った芽衣子ちゃんが、華奢な紐サンダルをパタパタ響かせてこちらに駆けてくる。


普段からS級美少女の芽衣子ちゃんの私服姿はメガトン級の破壊力があり、

周囲(主に男子)の視線を一身に集めていた。

通りがかる人に、彼女が駆け寄る先が、フツメンの俺だったことに驚愕する表情を向けられたり、露骨にチッと舌打ちされたりして、

いたたまれない気持ちになりながら、俺は芽衣子ちゃんに笑いかけた。


「芽衣子ちゃん、ごめん。待たせちゃったかな。」


「京先輩。いえいえ、私も今来たところなんで、待ってないですよ。」


芽衣子ちゃんは、はにかんだような笑顔を見せた。


「今日は来てくれてありがとうございます。え、えっと、京先輩、私服、カッコいいですね…。」


「あ、ありがとう…。」


美少女のお伴するのに、失礼にならないよう、なるべく新しいカジュアルなシャツとパンツという無難な格好してきただけなんだけど、芽衣子ちゃんは頬をピンク色に染めて褒めてくれた。


「芽衣子ちゃんも、私服、似合ってて可愛いね。」

「か、かわわわ、かわいいだなんて!そんな!!(きゃー!!昨日3時間かけて服選んだかいがあったよ〜!)」


芽衣子ちゃんの顔色はピンク色から真っ赤に変化した。


の趣味?」


俺は彼女の可愛さに圧倒されながらも、自分の役割を忘れないようわざと、強調してそう言うと、芽衣子ちゃんは一瞬不思議そうな顔をした。


「彼氏さん…?あ、ああ!違います。彼はそんな事私に言いません。興味もないでしょうし…。」


「そ、そうなの?」


いきなり、辛い事を聞かされて、俺はなんて言っていいか分からなかった。


「ええ。今日の格好は、京先輩が白が好きだから、気に入ってもらえるかなーと思って…。」


そう言って上目遣いしてくる芽衣子ちゃん、あざと過ぎる…!


「そ、そうだったんだ。ありがと…。」


視線を受け止めきれず、思わず逸らしてしまった。

ただでさえ可愛いのに、俺の好みに合わせてきたとか言うなよ〜!

確かに白のレースは俺のジャストミートだけどさ。

ん?

「あれ?俺芽衣子ちゃんに白色が好きだって言った事あったっけ?」


「!!い、言ってましたよぉ〜!空に浮かぶ白い雲を見ながら、いや、俺って白好きなんだね〜って言ってたじゃないですかぁ。」


芽衣子ちゃんは明後日の方に目をやりながら、アワアワしながら答えた。


「そんなシチュエーションあったっけ?」


俺が首を捻ると、芽衣子ちゃんはウンウンと頷いた。


「ありましたよ〜。最近、色んな事がありすぎて忘れちゃったんですよ。きっと。そ、そんな事より、京先輩、例のラーメン屋さんに行きましょう?空いている時間に行った方がいいんでしたよね?」


「あ、ああ。」


お昼休み、デートに誘ってきた芽衣子ちゃんの意図をよくよく聞いてみると、

小さい頃から、親同士が仲がよくて、付き合っているのかどうか、微妙な距離感の幼なじみの男子がいるのだそうだ。

お互いに好いているかどうかすらも分からない感じで、しかも、高校に上がるとますます疎遠になっていたのだが、いつまでもこのままでいるよりも、関係をはっきりさせようと思ったらしい。


他の男子と、デートをするけど、よいか?と連絡してみて、止めてくれるようなら、それでよし、止めてもくれず、スルーされるようなら、もうキッパリと関係を断ち切ろうと決意をしたそうだ。


そして、そのデートをする当て馬役に選ばれたのが俺、矢口京太郎というわけだった。


次の嘘コクのミッションにもピッタリだし、

これ以上の適任はいないと頼み込まれた。


嘘コク大好きな芽衣子ちゃんに、そういう相手がいることは驚いたが、こんなに可愛い子が今まで何もない方が、逆に不自然ともいえた。

多少複雑な気はしたが、秋川の件では色々協力してもらった事でもあるし、引き受ける事にした。


芽衣子ちゃんの目的嘘コクデートに付き合う代わりに、行きたいところは俺の好きなところでいいと言われた。

しかし、女の子とデートなんてしたことのない、俺が知っているのは、マサやスギと行く、ラーメン屋やゲーセンぐらいしかないと言うと、意外にも芽衣子ちゃんは目を輝かせてそこへ行きたいと言ってきたのだった。


「毎々軒っていうラーメン屋なんだけど、ここから、歩いて10分位のとこにあるんだ…。」


そう言って、歩き出そうとすると芽衣子ちゃんに呼び止められた。


「あっ。待って。京先輩!」


「ん?」


芽衣子ちゃんは片手を差し出してきた。


「い、一応、今日はデートということなので、その、て、手を繋いで歩きませんか…?」


「あ、ああ。いいよ?」


そ、そっか。彼氏に見せつけるためのデートだから、仲良さそうにしといた方がいいのかな。


俺が芽衣子ちゃんの手を握ろうとすると、芽衣子ちゃんは躊躇うようにその手を引っ込めた。

「あっ。ま、待って下さい。」


俺と手を繋ぐのに、抵抗があるのかな?彼氏さんに悪いと思ったのかもしれない…。


「芽衣子ちゃん、別に無理に手なんか繋がなくても…。」


「違うんです!ちょ、ちょっと準備体操が必要かなって。」

言うなり、芽衣子ちゃんはその場で軽く柔軟体操を始めた。

手を繋ぐだけなのに、準備体操??

手のブラブラとかは、まだ分かるんだけど、膝の屈伸運動とか必要か?

膝丈のスカートがめくれて、太もも出ちゃってる。あっ。一瞬、グレー地にハリネズミのプリントされた何かが見え…!

俺は慌てて目を逸らしつつ、周囲の人から芽衣子ちゃんが見えないよう壁になった。


「な、なんか、プールに入る前の準備運動にみたいだね。」


「え、ええ。似たようなものです。

いきなりやりますと、心臓発作を起こす可能性がありますので…。」


「手繋ぎってそんな危険な行為!?」


芽衣子ちゃんの返答に度肝を抜かれた。


「はぁ。これで大丈夫です。お願いします。」

「お、おう。」

芽衣子ちゃんが笑顔で差し出してきた小さな右手を左手でキュッと握る。


うっ。すべすべして柔らかい…!

落ち着け、矢口京太郎!俺はこの子の本当の彼氏じゃない。ただの当て馬役だ!

これはミッションの為だ。自分の役割を忘れるな。

そう言い聞かせていた俺の理性を、芽衣子ちゃんの甘い声が打ち砕きそうになった。


「はうぅん…!」

「へ、変な声出すなよぉ!」


「ご、ごめんなさい。年頃の男の子と手を繋いで歩くの、初めてで。動揺しちゃいました。」


「??彼氏さんと手を繋ぐ事はなかったの?」


「はい。小さい頃は親に言われて、繋いだことがありましたが、向こうは嫌々でしたね。年頃になってからはありません。もちろん、キスとかそれ以上の事も一切ありません。」


「??そ、そうなんだ。」


まぁ、彼氏彼女の関係って何も体の接触だけが全てじゃないとは思うが、長い間一緒にいて、手を繋いだことも、小さい頃(しかも嫌々)だけというのは、ちょっと不思議な付き合いだなと思った。


「京先輩。一応嘘コクミッションなので、ちゃんと、言っておきますね?」


「ん?」


「京先輩、大好き…ですよ?」


潤んだ瞳でそう言う芽衣子ちゃんは今までで一番、女の子の顔をしていた。


うっ、やばい!

芽衣子ちゃんの嘘コク進化してる…!!

このままだとオトされる……!


これはただの嘘コクデートなんだ!!!

気を引き締めねば…。

俺は必死に自分自身に言い聞かせた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


こんなに幸せでいいんだろうか…?


手の平に京ちゃんの温かくて少し骨ばった手の感触を感じながら、私はフワフワと夢見心地で歩いていた。


隣に顔を向ければ、京ちゃんの可愛いお顔やら、肩が至近距離にあって顔が熱くなってしまう。


何やら男の子らしいいい匂いがしてくるし…。


嘘コクデート開始から10分にして、私は

既に至福の時を過ごしていた。


さっきは危なかった。

嘘コクデートの待ちあわせに現れた京ちゃんの私服姿のあまりの尊さに、

昨日弟の静くんと夜遅くまて練習した嘘コクの設定が一瞬頭からスポンと抜けてしまった。

おまけに今の私が知っている筈のない京ちゃんの情報を暴露してしまうし!

めーこだとバレたらどうするの?


これはあくまで嘘コクデートなんだから!!!

気を引き締めなければ…。


私は自分自身に必死に言い聞かせた。

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