第29話 いじめっ子の気分

「うぇっぐ。ひっく。ゆるじてぐだざぁいっ。こ、ころざないでぇっ!ぞうきもうるのかんべんじでくださいっ…。」


目の前で、ガン泣きしている秋川先輩を見て、私は青褪めていた。


やば。学校の先輩泣かせちゃった。

恐ろしい先輩だって聞いてたから、負けまいとちょっと強気で行ったら…。


「いや、殺すわけないでしょ…。臓器売るって人を何だと思っ…。」


そう言いかけて…。

秋川先輩のスカートの中から、ピチャンピチャンと黄色い透明の雫が滴り落ちて、床に小さな水溜まりを作っているのを見て、私は愕然とした。


「もしかして、漏らしちゃった…んですか?」


「……。」

秋川先輩は恥ずかしそうに俯いた。


「そ、そんなに怖かったですか?私…?」


恐る恐る聞く私に、無言で秋川先輩は何度も頷いた。


「ええ?だって、ボールは投げて来られたのを打ち返しただけだし!噂の件は後輩としてお願い事しただけだし!悪い事したのを謝って、もうしないでって当たり前の事言っただけだし!そんなひどいことしてませんよね?


何で私はいじめ現場を先生に見られたいじめっ子のような言い訳をしているの?


「し、してまぜんっ、ごめんださいっ。うわぁんっ。」


「あ、いや、脅してるわけじゃなくって…。」


私は泣きじゃくる秋川先輩を前に途方に暮れていた。


京ちゃんを苦しめたひとなんかどうなっても構わない位の気持ちでいたのに…。


目の前のおもらしっ子に、それ以上強い態度に出れない私がいた…。


私は大きなため息をつくと、

スクールバッグから体育の授業で使った大小2枚のタオルを取り出し、大きい方を秋川先輩に渡し、体を拭いてもらうように言い、床を小さな方で拭き始めた。

         *

         *

         *


私はおもらしっ子=秋川先輩を着換えの為に女子トイレまで連れて行った。


「スカートはほとんど汚れてなくてよかったですね。下着の替えは持ってるんでしたよね?」


「ん…。…生理用のポーチの中に…予備ある…。」


秋川先輩は呆けて子供のような片言になってしまっている。


「それは、よかったです。じゃ、私はこれで…。」


「あの…、ありがと…。いわれたこと…、ちゃんとするから…。」


「はい。怖がらせたのは、悪かったですけど、間違った事は言ってませんからね。例の件お願いしますね?」


「はい…。それと、このこと…。」


「ああ。秋川先輩のおもらしの件は学校の皆に広めたりしません。動画にもとってないですし、この事で秋川先輩を脅したりすることはありませんので安心してください。」


「あり…がと…。」


「では。」


一回り小さく見える秋川先輩を残して、女子トイレを後にした。


ああ。もう、ホント疲れたぁ…。

後味最悪…。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


一階の自販機前には、マキちゃんと、柳沢先輩が待ち構えていて、私を見ると歓声を上げて寄ってきた。


「芽衣子ぉ、お疲れ!動画バッチリ撮れたよ?編集して後で、データ送るね?」


「あ、ありがとう〜。」


マキちゃんを見ると、ホッとして涙が出そうになった。


「芽衣子ちゃん、さっき、ボール打ち返したのすごかったよぉ!何あれ?キックボクシングの技なの?カッコ良すぎ!!」


「いえいえ、少し習っていたぐらいでそんな大したものでは…。義弟の方がずっと強いんですよ?

柳沢先輩、ボールありがとうございます。返しますね?」


私は柳沢先輩にバスケットボールを手渡した。


「まさか、本当にあんな手に引っ掛かるとは驚きでしたけど。流石は、柳沢先輩。敵をよく知っていますね。」


「まぁね!あの子、腹黒いけどちょいちょい、本当に天然のとこあるから。アホ栗珠め。学校にボールあるんだから、マイボールなんか、わざわざ持って来ないっつの!打ち返された時の栗珠の顔ったら!胸がすっとしたわ〜。」


「別にあなたの為にやったわけじゃないんですけどね。」


私は興奮する柳沢先輩に渋い顔をした。


「でも、随分来るの遅かったね?あの後、秋川先輩と大丈夫だった?」


「それが…、言いたい事を全部言ったのはいいんだけど、秋川先輩、私を怖がって

おもらししてしまって…。さっき後片付けをしてたの。」


「「おもらし!?」」


「こんなに可愛い子が凄んだところで、そんなに怖くないと思うんだけどね?なんで?

怒りをなるべく押し殺して、言いにくい事を言うときは、秋川先輩の口調を真似して可愛く言ってみたのに…。」


「あ〜多分、それが余計に怖かったんだろうねぇ…。」


「ええー?そんなぁ…。」


マキちゃんに、ドンマイっ?て感じで苦笑いされ、ショックを受けた。


「何だか、やり過ぎてしまったみたいで、胸が痛むなぁ。いじめっ子になってしまった気分…。」


しゅんとしている私に柳沢先輩は首を横に振った。


「ううん。栗珠にはそれぐらいやってやらないと!あの子のせいでひどい目にあった子は沢山いるし、不登校になっちゃった子だっているんだから!

むしろ、芽衣子ちゃん後片付けしてあげるなんて優し過ぎるくらいだよ。」


「そうだよぅ。後々の被害者を救ったと思えば仕方ないことだったんじゃよ。よし、じゃ、そんな芽衣子のしょっぱい気分を慰めるためにも、今日はまた女子会でも…。アレ?」


マキちゃんは言いかけて、ふと、廊下の方を

振り返った。


「今、職員室の横を矢口先輩が通り過ぎたような…。」


「え。」


私達は、廊下へ出て見ると、遠くで、よく知っている茶髪の男子生徒が、下駄箱の方へ向かっていくのが見えた。


「ホントだ。京ちゃんだ!」

「あれ?さっき矢口帰ったと思ったのに。

また、先生に用事頼まれてたのかな…。」


「芽衣子、チャンス!追いかけな!」

「そうだ、そうだ!一緒に帰ろって誘っちゃえ!」

マキちゃんと柳沢先輩が笑顔で勧めてくれた。


「え、でも女子会…。」


「そりゃまた今度!矢口先輩が一番の薬だ。帰りどうだったか後で聞かせてよ。」

「はやくはやく!矢口行っちゃう。」


「あ、ありがとう、二人共。協力してくれて。今度またお礼するから!」


私はマキちゃんと柳沢先輩に向かって手を振ると、逸る気持ちを抑え切れず、下駄箱の方に駆けて行った。

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