第57話 イースの最後

 ◇◇◇◇◇


 一瞬にして瘴気に飲み込まれた颯たち。


 だが、颯の瘴気吸収マックスパワーによって、颯の周囲半径5m程度の半球を作っていた。

 その内部のみ、かろうじて瘴気が入って来ていないギリギリの状態で、6名はほとんど真っ暗の中で耐えていた。


 もう、飲み込まれてから、数十時間は経っているであろう。


「颯!もういいよ。鼻血が止まらないよ。」

「お兄ちゃん!」


「とにかく、最後まで頑張りたい。」


 魔法力の消費も激しく、たぶんあまり持たないだろうとは思っている。


 一時は、ルームの使用を考えたが、その場合は一旦瘴気吸収を解除する必要があり、この中から1人だけしか運べない。あとの4人は瘴気の中に放置することになる。

 誰か1人を選べば、少なくともその1人だけは救える。それは同時に4人を見捨てる選択になる。


 一度はみんなでその話が出たが、俺はその選択をしなかった。出来なかった。その勇気がなかった。

 自分も助かってしまうことが怖かったからで、結局自分のせい。それも言い出せない。



 自分だけが救われない選択肢があれば良かったのに……。



「ごめん。俺が巻き込んだばかりに……。」



「颯!お願い!聞いて!ルームを使って!」


「颯くん!そうだよ。私も賛成だよ。」


「そうね。颯さんそうして!お願い!」



「颯!私は一度死んだと思ってるの。それを颯に助けられた。恋人にもなれた。もういいの。」


「颯くん!それなら私も一緒だね〜!」


「颯さん。私も助けられた。あのとき。だから、私もよ。」


「なら、私もいい。お兄ちゃん!私は選ばれたくない……。若葉をお願い!」



「なら早くしたほうがいいわ!颯さん!」



「嫌……。嫌!私も嫌!1人だけ助かりたくない!」


「若葉……。」



 …………。



「颯。もういいよ。みんなも自分だけが助かりたくないんだって。颯もそうなんでしょ?

 だから、もうこのままでいいよ。」



「みんな。ありがとう。ありがとう……。

 みんなと……いられて良かった……。

 もう少しだけ、一緒にいてください。」



 ◇◇◇◇◇



 少し時を遡り、天門宮にて。


 あとは、天界に任せるしかないですね。

 上層部にうまく伝わればいいですが。


 サランディーテは天界に現在発生した異常事態について報告し、自らは事態を収集するために行動を起こしていた。


 S級探索者の5人は、まだ大丈夫な位置にいるみたいですね。とにかく、ハヤテのところに向かわないと!


 サランディーテは、翼を広げ飛び立った。



 ◇◇◇◇◇



 颯たちのいる空間にて。


 ずぱーーん!!


 何かが落ちて来た。


「ハヤテ!ここにいたんですね!」


「サランディーテ様!何しに来たんですか?」


「すいません。助けに来たつもりが、失敗してしまいました……。

 上空からハヤテを探していたのですが、瘴気の層が厚くて、時間がかかりました。

 でも、ようやく見つけたので、瘴気を突き切って降りて来たのです。

 ただ、瘴気の層に入った際に翼を失いました。まあ、わかってたんですけどね。

 一か八かの賭けに負けました。

 来たのはいいですけど、状況は同じですね。

 ごめんなさい。」


「だったら!なぜ来たんですか!」


「わかりません。天使だからですかね。

 もう今は翼がないですけど。」


 ……。


「あなたたちもごめんなさい。」


「いえ、いいんです……。」


「こんなときに言うことじゃないけど、次生まれ変わったら、また6人一緒だといいですね。

 私も次は……天使だったら嬉しいですね。」



 ◇◇◇◇◇


 

 もう、意識も朦朧として来た。

 たぶん、魔法力が切れそうなんだと思う。



 そのとき突然、頭の中に大音量で、なのに心地よい声が聞こえてきた。


『ハヤテ!遅くなりました!』


 その優しい声は、イースにいるすべての人の頭の中で響いていた。


 サランディーテ、シズカ、アケミ、レイナ、サクラ、ワカバはもちろん、どこかにいる5人のS級探索者にも。



『はい。誰ですか?』


 朦朧としていたはずが、声を聞いた途端に意識がハッキリとして、スッキリとして、もしかして、お迎えに来たのかなぁ……。



『私は天使長のエルミカです。

 ハヤテ!よく頑張りましたね。

 あなたの願いは受け取りましたよ。』


『あ!はい!ありがとうございます!』


 これだけで颯は理解した。



〈自分だけが救われない選択肢〉



 他の人には何のことか分からないが……。



 サランディーテは、まさかの天使長エルミカ様の登場に驚きそして安堵した。



『ハヤテ!あなたはもうすぐ消滅します!

 言いたいことがあれば今のうちに!』


『はい!ご配慮ありがとうございます!』


 少しの間を置いて、颯はゆっくりとみんなに話しはじめた。


「静!

 ずっと好きでした。ずっと好きでいてくれてありがとう。すごく嬉しかった。


 朱美!

 好きになってくれてありがとう。朱美といるといつも楽しかった。


 麗奈さん!

 短い間だったけど、好きになってくれて、恋人になってくれてありがとう。


 若葉!

 いつも桜をありがとう。これからも桜をよろしくお願いします!


 最後に桜!

 今まで本当にありがとう。

 お前は俺には出来過ぎの妹だった。

 ずっと一緒だった。

 ずっと味方だった。

 ずっと感謝してた。

 ずっと好きだった。

 そして、これからもずっと。

 お兄ちゃんがいなくなっても、お前らしく、いつも笑顔でいてください。』


 みんなの嗚咽と悲鳴の聞こえる中、突然、颯の体が膨らんでいく。ゆでたまごのように。


 そして、フワッと少し浮いたかと思うと体が無数の光の粒となって、四方八方に光速で拡散されていった。


 その光は一瞬でイースにあるすべての瘴気を消滅させ、そしてすべての境界門を消滅していった。


 そして、イースは昔の姿に戻り、その瞬間、イースにいる全員が気を失い倒れた。


 颯の消滅と共に……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る