第23話 生徒会へようこそ

「そういえば鳩羽君。物品の調達できた?」

「あ、そうだった! この通り、頼まれたものは一通り買ってきましたよ」


 日曜日に買ってきた手芸の道具の入っているレジ袋を取り出す。製靴に雑に詰め込まれてあったが、部長はすこし眉を顰めながらも受け取ってくれる。

 中身を一つずつ確認していき、最後に領収書を見て快く頷く。


「大丈夫ね。ありがと。じゃあこの領収書を生徒会まで持ってってもらっていい? その場で部費からの引き落としは済むから。一応このレジ袋の中身も確認すると思うから商品もね?」

「わかりました。じゃあ来未、悪いけど体験は後でな」

「はい。ご主人様、いってらっしゃい」


 なんかこのやりとり、主人とメイドのやり取りじゃないか。と心の中で突っ込みを入れて僕は部室を出る。

 目指すは部活棟の二階にある生徒会室。階段を一つ下り、そのまま廊下を突き当りまで進む。ここの部活棟の階段は西側の端にしか存在せず、幅もそこまで広くないため向かいから来られると避けないといけない。東側に階段があれば生徒会室なんてすぐなのに。不便だなあ。


 運動部の部室から漏れる土埃や汗の匂いに眉をひそめながらようやく生徒会室に辿り着く。手芸部よりマシな清潔感を漂わせる部室こそが生徒会室。鉄製のドアのネームポケットに「生徒会」と達筆で書かれた札が差し込まれていた。


「ほかの部室とほぼ変わらないじゃないか。もうちょっと綺麗なところかと思ったんだけどな……」


 どこの学校でも生徒会の立ち位置はスクールカーストを超越してトップに君臨する。しかも一人一人の士気が高く、全生徒の人望を背負っている人選だ。そんな人たちの仕事場がこんなにも廃れていると逆に心配になる。


 とはいえ僕は生徒会の様子を伺いに来たのではない。手にした領収書がすべての動機だ。


 ドアを三回ノック。金属の鈍い音が響き渡る。


 すると中から男性の声が聞こえる。ドアが厚くて正確には聞き取れないが返事はしたので「失礼します」と言いながらドアノブを回す。

 開けてすぐに聞こえてきたのは何かを連打する音。見なくてもすぐに分かった。パソコンのキーを叩くタイプ音だ。

 入り口から一直線に道を作るように会議テーブルが左右に並べられている。 

 そして真正面には真っ白の事務机が構えている。一人の男子生徒がそこに座ってノートパソコンと無言で向き合い、高速で指を打ち付けている。スリッパの色からして、部長と同じ三年生のようだ。


 僕の気配に気が付いた彼は眼鏡をかけ直し、画面ではなく僕を見据える。校則に則った耳の隠れない長さの直毛黒髪。おそらく美形ともいえる整った顎のライン。細い目から放たれる鋭い視線は悪事を見透かすようで委縮してしまう。肘を組み、値が張りそうな黒いオフィスチェアに背中を預ける。


 生徒会長。

 この刈萩学芸高校の全体を束ねる人望の星。聡明な頭脳にして抜群の演説力に誰もが拍手喝采を送ったのだとか。高身長プラス眼鏡プラス堅い表情を前にして打ち解けて話せる者は今までに現れていない。目つきもなかなかに鋭く、常に何かを見抜く洞察力も兼ね備えているため、校則違反を見過ごすことはないと聞く。 

 そんな彼は一人でほとんどの事務仕事を遂行してしまうため、手を出すとかえって邪魔になる。まさに無類の存在、孤高の男とまで言われ恐れられている。それを言わんとしてるのか、生徒会室にいるのは彼一人だけだった。


「君はたしか手芸部の鳩羽君か。できれば要件を言ってから入室してほしいものだね」


 描かれたように流麗でしなやかな眉を寄せ、雑音の残らない綺麗な活舌で苦情を申す。


「これは失礼しました。生徒会長。本日は物品の購入に伴う領収書の手続きをしてほしくてここに来ました」


 浅く一礼して手に持っていた一枚の領収書をデスクに提示する。ついでに商品の入ったレジ袋も会長の見える高さまで上げて見せる。

 すると緊迫した機嫌は綻んだようで会長は接客対応を取る。


「ああ、そうか。いつもご足労かけてるね。そこに座っていいよ。顧問の絹畳けんじょう先生が復帰できるまではこのまま続けてもらうと思う。悪く思わないでくれ」

「ええ。その件についてはもう慣れました」

「して、今回は何を買ったんだい?」

「? まあ裁縫に必要なものですけど」


 会長の瞳がギラリと光るのを感じた。え、僕なんか疑われてる?


(ないない! だって今の僕に何も隠すことなんて何も……)


 ふと思い返す。喉に引っかかってむず痒い感覚に襲われながらもレジ袋を睨んで記憶を遡る。


(何も……………………そういやあったわ)


 ハッとすることもなく泡が解けるようにすべてを思い出した。


 そうだ。僕はあの日、部費で買えない綿をこっそり自費で買ってしまったのだ。

 でも綿は僕が自主的に使うためのもので、部活全体の出費から使われる必要などないのだ。この筋は通っている。いくらでも学校のお金で活動するわけにはいかない。僕らは独立しなければならないのだ!

 

(ていうか綿は別のレシートにしてもらったから言わなきゃバレないか)


 うんうんと自得するように頷いて青ざめた気持ち悪さを払拭する。

 

 しかし刹那、さらに記憶の深部が蘇ってくる。


(あれ? でも店を出た時、綿の入ったレジ袋って全部まとめて……)


 宙を眺める視線は瞬時に机の上に置かれているレジ袋に向けられる。今まさに会長が袋の中身を確認しようと持ち上げる。


「っ……!!」


 その手からレジ袋を引っ手繰ろうとする。しかし予備動作なしに繰り出された僕の腕は袋を掴むことはおろか、爪の先に掠ることもなかった。会長の恐るべき反射神経によってブツは完全に取り上げられてしまったのだ。


「ふん。きっとなにか不正でもあるんだろとは心の片隅で留めておいたものの、まさか強硬手段にでるとはね。俺を舐めてもらっては困る!」

「お、おやめください! それは親戚のです! 親戚のっ、ものっ、なんです!!」

「……親戚を引き合いに出すな。それではいかにも俺に見られたくないものだったんだな、これは」 

 

(畜生、この生徒会長メッチャ強い!!)


 笑みも浮かべることなく会長はゴソゴソと袋の中身を漁っては物品と領収書の記載を見比べる。あくまで表情は冷酷でも、悪事を見抜いたうえでの持ち物調査にはさしもの生徒会長も鼻歌を漏らしている。


「なるほど。領収書に記載されている商品はこれで全部。しかし袋のそこに埋まっていた短すぎるレシート。不自然にも二重に袋を重ねられているこの綿。先程の俺の手からこれらを奪おうとしたことから考えられるのは…………自費で買ったのか?」

「で、でもこの綿は僕が趣味で使うものなので部費で買うものじゃないんですよ! そこだけは勘違いしてほしくないですっ」


 しかし僕の苦し紛れの情状酌量は汲まれず、なおも一方的な質問は続く。


「じゃあどうしてあんなに慌てたんだい?」

「いや、その、誤解がない方が話が進みやすいと思いまして……」

「Doubt. 瞳孔開いてる」

「え、怖いんですけど」


 瞳孔の開口を確認する人が僕意外にいるとは思わなかったわ。未知との遭遇によって完全に開いた口が塞がらない。


 そんな僕を呆れながら会長は説教を始める。


「いいか? 限られた部費に金額を収めることが君たちに課せられた義務なんだ。部活だからと言って好き勝手にされては困る。それにこの行為、社会に出てからも同じようなことをするようでは資金の不正使用にも抵触する可能性だってある」

「自分の懐でもですか!?」

「事業は手元資金からの使用のみだ。それ以外の財源は不正に当たるぞ」

「そ、そんな……」

「君は経理を知らないのだろう。だから今回は初回ということも含めて一つ、条件を飲めば注意だけに留めておこう」

「ほ、本当ですか!?」


 今の僕はとにかくこの生き地獄を脱することだ。だから言われるまでは如何なる条件だろうと難なく引き受ける心構えだった。しかし生徒会長の口から出てきた言葉は


「今日から君には文化祭実行委員になってもらう」


 Oh, my godおお、私の神よ…….


「臨時ではあるがこれで鳩羽修司は生徒会の一員だ。その怠けた頭を鍛え治すにもふさわしい機会になりそうだ。というわけでようこそ、生徒会へ」


 かくして僕のタイトスケジュールはよりシビアになっていくのだった。

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