第21話 恋敵の協力戦線
「はじめまして。私、
「ええっと、はじめまして。犬飼来未と申します」
突如登場した我らの部長により、先程までの緊張は一瞬で溶けてしまった。いつもの頼りがいのある誇らしい笑みを浮かべる部長は初対面で固くなっている来未に程よい距離感で接してくれる。
僕らは部室のスペース大半を占める会議テーブルを囲んで座る。古いパイプ椅子が軋み、部室の年期を感じさせる。
ちなみに颯汰と天宮の二人は購買に行ってもらっている。結局天宮に奢られてしまったのだ。
「さっきから聞いてたけど来未ちゃんと鳩羽君って従妹なんだね。なんか意外だなあ。今日は見学ってことはもしかして
「はい。そう聞かされています」
「ん、聞かされてるって?」
「お母様がいろいろと手続してくださったのであまり詳しくは。ボクが転入することでごしゅ……修司君と同じ学び舎で過ごせると知ったので一応見学という形で来ました」
「そんなの僕ですら知らなかった……」
帰ったら母に情報の共有に努めるよう釘を刺しておかねばと思い、母からの着信を開く。どうやら授業中に来未の見学のことと、ついに出来上がった戸籍情報を送っていたようだ。数枚のPDFに目を通す。
犬飼来未(いぬかいくるみ)
生年月日:2006年5月31日 15歳
生まれはイギリスで3歳で日本に入国。両親は行方不明で今は日本に戻って鳩羽家に引き取られている、らしい。
「……はぁ」
見聞きしたことのない犬飼家の家系と無理やり結びつけられた親族関係にため息を吐く。
ちなみに先生の言っていた通り、僕と来未は従妹となっている。つまりは四親等。母が何か企んでそうな系譜だ……。
「来未ちゃんってなかなか畏まった言い方するね。私先輩だけどもっと気軽に話してくれていいのに」
「え、でも……」
「まあ慣れたらでいいよ。そっかぁ……来未ちゃん、鳩羽君と仲いいんだね」
部長はクスっと微笑みながら僕に密着状態の来未を暖かい目で眺める。部長も気づいているらしい。普段はドジなのにこういった色恋の話題には鋭い。
対して来未は当然というかのように僕の右腕を抱きしめて離さない。鈍いのか本当に無知なのか、いい加減自重してほしいものだ。
「っ……!!?」
「ど、どうしましたか修司君!?」
PDFにミスではないか疑いたくなる。おかしなことが書かれてあったのを見た気がして体が凍り付く。
(いや……そんなはずは……)
ありえない概要を目から放せず、しばらく硬直を強いられてしまう。来未がゆさゆさと体を揺さぶると、ようやく硬直から解放された。
「一体どうしたの? スパムメールが300件くらい送られてて衝撃のあまり声も上げられなかった感じ?」
「なんですかその実体験っぽい話は……。いえ、何でもないですよ」
「本当ですか? もしかして、先程の悪口が心に響いているのではないですか?」
またその話かと、案じた表情に呆れ顔で返す。
だが正直に言って、廊下で来未に大丈夫と言ったのはただ虚勢を張ったにすぎない。なんなら今更気にすることもないし、僕にはぬいぐるみというソフィア達が味方してくれるもんね!
「もしかして教室で何かあったの? 来未ちゃん目当てに争いでも起きた感じ?」
「直球ですね」
「そりゃ部長だからね! 部員の心配をするのはあったりまえよ」
「ボクの発言でクラスメイトの方々に修司君のあらぬ誤解を与えてしまったのです。その時に様々な善からぬ言葉を投げつけられて…………」
「へー。そうなんだ。よかったじゃない」
「「え?」」
部長の発言に僕と来未は揃って驚く。僕は誹謗中傷の被害者だ。そんな僕を祝福する意味が分からない。
すると部長は悪気がなかったことを苦笑で示し、優しい目で見つめる。
「いい悪いに関わらず、誰かの目に留まることは大事なことだよ。とくに鳩羽君は麻理ちゃんくらいしか喋れる人いないでしょ?」
「い、いいじゃないですかっ。てか颯汰もいますよ?」
「でもその二人がいなかったらボッチじゃない」
「困ることなんてないと思いますけどね」
刹那、部長の優しい視線がどこか遠くを見つめる寂しいものになったような気がした。しかし残像だったと思わせるようにもとに戻る。
「そっか。まあ鳩羽君は怖いもの知らずだしね。私が心配性なだけかもね」
「そうですよ。ご主人様はすごいんですから! 本当だったら誰からも愛される存在になるはずです!」
胸を張って豪語する来未。
すると機を見つけたというかのように部長の目がキラリと光る。獲物を見つけた目つきだ。ついでに深々とニタつく笑み。肘を立てて手の甲に顎をのせて問う。
「私聞きたかったんだけどさー。来未ちゃんは鳩羽君のこと好きなの?」
「そんなの当り前じゃないですか」
「ちなみに好きってのは恋愛対象で言う好きなの?」
「れん……あい?」
額に手を当ててしまう。部長のトークスキルによって急遽恋バナに転換し始めてしまう。
(これだから先輩は……!!)
取り返しのつかなくなる前に先手を打つ。
「来未、僕たちは家族だ。これ以上望むことなんてないだろ?」
「いえ。願わくはご主人様と結婚したいです」
「ほおおおおおお!!???」
言いやがった! ついに言いやがった!!
おかげで部長が興奮しきっちゃったではないか。
まあ無理もない。来未は人間のことを何も知らないのだ。家族に対する愛と、恋愛感情の愛は別物だとはもちろん知らないはず。
しかし来未が僕なんかと結婚がしたいというのであれば一つ疑問が浮かんでくる。
「じゃあ麻理ちゃんとの婚約は認めちゃうの? 実はさっき盗み聞きしちゃったんだけど」
「ええ。麻理さんの愛は嘘偽りなく確かなものでしたから。ボクたちで一緒に……」
「鳩羽君が麻理ちゃんと結婚したら来未ちゃんが結婚できないよ?」
「え、何でですか!!??」
「この国では一人と結婚したら他の人と結婚できないんだよ。知らなかった?」
「はい…………」
なるほど。来未にどんな知識が備わっていて逆にどんな知識の欠落があるのかが分かった気がする。
僕が勉強机で学習したことは漏らさず覚えているのだろう。でも僕が常識として知っていることや外の情報は、部屋から一切出られないドッ君は知りようもないのだ。
これだと高校の授業はついていけるけど社会に出てからが厳しいな。
「たっだいまー! 買ってきたよー」
「なあ修司、コイツいつまでたっても俺が霊能力者だってこと信じねえの。大丈夫なのか?」
部室のドアが開くと同時にレジ袋を提げた二人が戻ってきた。なにやらギャーギャー言い合ってるがそんな雰囲気お構いなしに来未が天宮の前に立ちはだかる。
いつものあどけない瞳ではなく、一人の敵を認識した目つき。翠眼の輝きがいつにも増して鋭い。
「……麻理さん。今はあくまで婚約ですから。ボクは負けません。たとえあなたが相手であろうと、ご主人様の傍にいられるのが一人だけというのなら尚更です」
その視線の意味を一瞬で汲み取ったのか、天宮は敵対するのではなく逆に来未を煽るような笑みを浮かべる。
「従妹って聞いた時からこうなるかもって思ってたんだよね。……いいよ。恋敵になってあげる。でもね、まだウチには一か月の猶予があるの。昨日は振られたけどいつかその答えを後悔させてあげるの。だから……」
「麻理さんには」「来未ちゃんには」
「「負けないから!」」
二人は胸を押し付け合い、押しても負けじと押し返す。額は衝突し、視線の間ではバチバチと閃光が弾ける。その均衡状態は永遠に終わる気配がない。
その隙を見てひそひそと部長が話しかけてくる。
「鳩羽君、昨日麻理ちゃんの告白断ったの?」
「はい」
「……じゃあなんで婚約なんてしてるの?」
「企業秘密です」
「どうせ金に釣られたんだろ? お前が女子の身体に興味があるなんて思えないし。まあアイツにそんな魅力なんて……」
「部外者は黙ってなさい!」
見事失言颯汰を取り押さえ、宣戦布告と戦争開幕の儀式を乱すことはなかった。
でもこれからも二人は仲良しでいてほしい。喧嘩なんてあんまり見たくはないものだ。ましてやそれが一人の男を巡ってだとしたら寒気がする。
……だったら戦争の火種を失くせばいいのでは?
「ちなみにご主人様は今の時点でどちらが好みですか?」
「もちろんウチだよね? 振ったとはいえどちらかと言えば好きでしょ?」
「あーそうだな。まず第一に、来未は僕の家族だからね?」
ぴくっと反応する。家族であれば結婚はしないとのか、と混乱しているのだろう。
「あと天宮も。何度も言うと僕の心が痛むから言いたくないんだけどさ、作戦のために婚約してるわけだからね?」
ギクッと反応する。婚約をする本当の理由を見失っていたのか、我に返る。
どうやら二人して僕の正論に言い返せずに撃沈したようだ。お互いに攻撃的な視線を交えることなく慰め合い始める。
「わかったよしゅーじん。本当の敵が誰なのかが」
「そうです。まずボクたちがしなければならないのは……」
二人して僕を見つめる。今度は標的が僕になったようだ。
「しゅーじんを振り向かせなければ意味がない!」
「覚悟してください! たしかにボクはご主人様の家族になりたいですが、さらに新たな家族になりたいのです!」
こうしてこの日、この場所で、二人の少女の協力戦線が、昼休み終了のチャイムとともに確立されたのだ。
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