第15話 孤独な戦士
「…………?」
僕の貧弱な拳は颯汰の鼻先で止まり、衝突することはなかった。
いつまでも来ない衝撃に違和感を覚えたのか、颯汰はきつく結ばれた瞼を徐に開けていく。
「……おい。俺は修司がチキンな野郎だとは知らなかったぜ。……なんで殴らなかった?」
突き出した右腕を下ろし、僕はため息交じりに応える。
「やっぱり分かってないじゃないか。僕ははなから颯汰を殴る気なんてない」
「は? じゃ、じゃあなんでここまで登ってきやがったんだ! 俺を一発殴らねえと済まねえ顔だったろ!」
「最初はそうだった。でも今僕にできるのは颯汰を納得させることだけだ。このまま来未を悪霊のままで死なせたくない。そこに暴力も血も涙も要らない。根本を会話で解決しに来ただけだ」
興奮が冷め、僕は本来の役目に戻る。
颯汰も泡を食らった表情を捨てる。霊の話に戻ったことで一層険しさを増した。
「じゃあ聞くが、ソイツが悪霊じゃなく、無害な存在だって保証はあんのか?」
「ない」
「いやすこしは粘れよ! そこはがむしゃらに反論するところだろーが」
「そもそも僕は来未が颯汰の嫌う霊だとは思わなかったんだ。だから油断していたのは否定できない。最悪ってのにわざと目を向けてなかったのかもしれない」
呆れたとばかりに颯汰は首を振る。攻撃的な鋭さは跡形もない。
「俺からも言わせてもらうが、修司も俺のことわかってねえじゃねえか」
「どういうこと? 霊に対する嫌悪が霊を祓うことの動機だと思ってたんだけど」
「まあアイツらのこと、嫌いっちゃ嫌いだ。でもちげえ」
颯汰はどこか遠くを見つめるように山から街を眺める。そこそこ標高のある場所なので街の全体を俯瞰することができるのだが、今の颯汰は今まで見たことがないくらい寂しい感じがした。
「俺は霊能力者だ。これが俺で、俺にしかできねえことなんだ」
「……そうだな。実際、この町をお前一人で守ってるもんな」
「逆に言えば俺はこれしかねえ。霊能力っつう社会不適合百パーな力を使えるだけ。でもこんな芸当でこの町を、家族親友を助けられんなら……」
寂しい視線は街から反対方向の、来未の方向を見つめる。
――――最悪なんて胸糞わりい結末を潰していくだけだ。俺の知る限りでな?
……わかった気がした。颯汰の霊を根絶せんと欲すその動機が。同時に先程までの視線の意味が。
「僕が無傷なら、恨まれたとしても本望だと?」
僕を見て頷く。
そんな颯汰の意外な一面を知り、僕は立ち尽くすだけで何も言えなかった。
「でもさっきまでの修司を見てて思った。どっちのお前を救えばいいのかって。あの霊を祓えば修司の身に危険が及ぶことはなくなる。でもお前の言う通り本当に善良な霊がいるなら、どっちが胸糞わりいんだか……ってな」
その瞳に宿るのは孤独でいる勇気の炎。菜々野に似たものを感じさえた。
でも颯汰には人を助けられる力がある。霊能力という特殊なステージ限定の。
無力感に囚われるよりさらに先の悩み。高みに上り詰めた者の前に立ちはだかる障壁はどれほど厚く頑強なのか。僕には全く計り知れない。
(いつまでも山の上で俯瞰していたのはそういうことだったのかもな)
僕の中にあった怒りは静かに収まっていき、いつの間にか颯汰の肩を掴んでいた。
「なあ。だったら来未と直接話してくれ。それからでも遅くないだろ?」
「その子が霊である以上、俺の霊能で治すこともできる。勿論、善良であればの話だがな……。でもお前がそこまで言うんだ。疑うより信じてやらねえと、いつから親友やってたんだって話だ」
いつの間にか僕の知る颯汰の顔に戻っていた。
何の根拠もなく、過程も論証もなくても、親友だったからこそ得たチャンス。
僕たちは血も暴力もなく、互いを理解し合えたのだ。ただ一人の流血を除けば。
だから次は来未の番だ。
残念ながら僕の役目はここまでだ。納得させる当事者は僕じゃない。
颯汰と僕で湿った坂を急いで下る。目指すは大木に一本の矢で串刺しにされている少女のもと。
来未は霊らしいが人間の身体を得ているため、あのまま放置していたら出血過多で命の危険がある。
「来未! 聞こえるか!?」
身動きが取れず項垂れている体に必死に呼びかける。瞼は閉じられ、肩を
叩いてもビクとも反応しない。脈はあるがかなり衰弱している。
「お願いだ颯汰。先に治してくれないか?」
来未の意識が戻らなければ話もできない。そのことを考慮してか、颯汰はしぶしぶ許諾する。
「わかった。じゃあ上まで運ぶぞ」
功力の裁定に縛られる今、荘兼寺の建つ山頂へ来未を背負っていかなければならない。まあ僕はインドア陰キャなので気合なんて非化学的概念でどうこうできるほど主人公じゃないんだよ。
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