第7話 ぬいぐるみも嫉妬くらいするらしい
「なにをしていたのですか? ご主人様」
ほんの十分ほどのうたた寝から目を覚まし、僕の肩から
そして僕が
「もう一度お聞きします。ご主人様は
「え、ウチの名前なんで知ってんの?」
「何をって、マッサージだよ。
嘘ではない。医療的に認められた正規の方法である。
「え、
「やったあー! なんか知らないけど話したこともない超美少女に名前様付けで呼ばれてるぅ~」
「
「はい………会ったこともないのに……」
「今朝も言ったようにボクが痛覚を気にしなかったのはご主人様の愛があったからです。どれだけ痛かろうと愛されてる幸福感があれば我慢できるんです。でも
「い、痛かったけど、ウチは嫌じゃなかったよ」
「では
ここまで聞いて
「なあ、
この雰囲気にしたのは一体何なのか。僕は動機に引っかかっていた。しかし
それを代弁するかのように若干
「……お兄。たぶん
「嫉妬?」
すると
ふーっと息をつき、吹っ切れたように
「そうですよ! 正直に言うとボクは
「……僕に頭マッサージしてほしかったの?」
「違いますぅ! いやしてほしいのですが、ボクが言わなくても積極的にしてくれるのを望んでるんですぅ!」
次々と明かされる
「
「ウチに何があればしゅーじんとこれだけ仲良くできるかって話だけど。答えは友情、かな」
「ゆーじょー? 愛ではなく?」
「愛って……。まあそうだよ。愛かもしれない。でもウチとしゅーじんは付き合ってもないし家族でもないし。一言で言うなら友人なんだよ」
「ゆーじん…………」
小さな子どもが親から飴をもらったように、来未は初めて耳にする単語を大切そうに唱える。
「ゆーじょー、はボクが手にすることはできるのでしょうか?」
「
はい? 今なんて言ったこの人?
「ほかの人の関係を羨ましく思うのはわりと普通かも。ウチもあの人ともっと落ち着いた話がしたいのに、
なんか身に覚えがあるのは気のせいだろうか。 いつのまにか僕だけでなく
「そのうえで
「決まってます! ボクは、ご主人様の家族になりたいです!」
優しい問いに対して威勢のいい張りのある声でそう宣言し、僕を見つめる。
またあの翠眼だ。吸い込まれるように僕の意識は不確かなものになっていく。
先程の本音はうっすらと影を失くし、半ば答えを強いられている感覚がする。
べつに
それはいやだ。
でも結局、
「そうだね。
「ご主じ……」
「家族だったら身内を様付けなんてしないよなー?」
「
「ええー。でも」
「思ったことがあれば何でも言っていいのでは?」
「……はい」
言質とったり、と勝気に笑う
「じゃあお兄はこれからご主人様だって。どうしよっ。笑えるんだけど!」
「ハハハハ。……いやなんでそんな様付けにこだわるの!??」
「ご主人様を愛しているからです。あ、でも
「いい。言わなくていいから。愛してないからです、って言うのは予想済みだから。ウチのことはフツーに
屈託のない笑みを浮かべ、喧噪の一部として
――家族――
考えてみれば僕はそんなものを深く考えたこともなかった。
考えたことがあってもどうなってたか。この後起こることは僕には予測不可能だった。
ここに入ってから休んでは
もう少しで昼だ。お腹もすいたし、できれば迅速に服選びは済ませたい。
その旨を女子三人に言ったら
「あのね、女の子の服選びはデリケートなの。急かすなんて男子として配慮が足りないんじゃないの?」
また
「お兄はいらないから先帰ってれば?」
どうか、彼女持ち歴ゼロの僕に女の子に対するマナーをゼロから教えてくれ。
なお
罵声を受けながらも僕たちは
「ここなら
「こりゃ凄いな。こんなに種類ある店なんてここだけじゃないのか?」
「ちっちっち。種類じゃないんだよお兄。ここは有名な芸能人が立ち上げたっていう若者に人気な服を取り揃えた店なんだよ。何点でも一度に試着できるように試着室の中は三人寝転げるくらい広いの。さらに購入商品は後日自宅配送もできるもんでいくらでも気にせず買えちゃうのっ」
マジか。最近の服屋はそんなご苦労なサービスもやってるのか。
物色して歩いていると突然、後ろからガっ、と小さな衝突音が聞こえた。
「わっ!? あ、すみません!」
「だいじょ……
「え? ……あ、人形さんでしたか!? すみませんでした!」
「気をつけな。そこらへんよく立ってるから」
ぶつかった相手が人形なのに
「みてみてー。このワンピース。シンプルにかわいくないですか?」
少し先では
「そうだねー。真っ白ってのも案外いいかも。麦わら帽があればもう完璧なんだけどね」
「あっ、ありました。いやー本格的な麦帽は一味違うなぁ~」
モデルなしにキャッキャウフフと盛り上がる二人。マネキンに足止めを食らっている間に
「おーい。
「えっと、それをボクが着るんですよね?」
「ええへー。そだよー。こんなカワイイの着たらカワイイに違いなし! 写メ撮っていい? ウチの待ち受けにする!」
背中を押されて強引に試着室へと運ばれる
店を出て左手に
こんな目立たない店舗に男子高校生が目をつけるなんてこの時代においては絶滅危惧種的場面なのかもしれない。にもかかわらず僕が赴くのには理由がある。
何を言おう、僕は手芸部なのだ。
学校公認の部活で名前の通り手芸、裁縫道具を使った簡単な小物を作ったりする部活。ちなみに
しかし今はワケアリで顧問が決まっておらず、部費でなんとか必要な物を調達しなければならないのだ。一通りの道具は部室にも残っているのだが消耗品である糸や生地、チャコペンに綿などは当然ながら針に糸を通すたびになくなっていく。
今月分の調達は僕の担当なので常に在庫の確認もしなければならない。とりあえず今日は部長がよく使う紐とボタン。そして必須項目で消費量もダントツトップの手縫い糸。ミシン糸はそもそもミシンを使ったソーイングをしないため不要なのだ。あとはフェルト。とまあこんな感じでいいはず。
あらかたの目当てをかごに入れ、レジに向かっていると目に留まるものがあった。
「あ、綿」
白い綿上の繊維の塊を詰めた商品。これはお買い得だ。この使い道は主にぬいぐるみにある。作るにも修復するにも万能なのだ。しかし、
「部費で足りるかな……」
そもそも部費の少額さが調達の幅を縮めている。これでは何か一つを犠牲にしなければならない。なぜなら部費で買ったことを示すためにその時のレシートを生徒会に直接出さなければならない。確認が済めば僕の財布が戻ってくる。面倒な仕組みだが顧問がいない今はこうするしかないのだ。部費以上の額を使ったとなると頭の固い生徒会長になにをされるかわからない。
「うむむむ……」
どうしよ。部長の分はなかったことにしよっかな。まあ綿なんて後で自費で買えば何とでもなるのだから。
というわけでレジに二回並ぶことに。誰もいないレジをぐるぐる回るのは店員さんに不審に思われるため、部費で買える分を先に済ましてもらい、後から思い出したかのようにナチュラルに売り場へ戻って再びレジスター。我ながら完璧だ。
あとから聞いた話なのだが誰も並んでない場合、商品ごとにレシートを分けてもらうこともできたようだ。
「まあ用も済んだし袋詰めたら戻るか」
さて、あっちの買い物は終わっているだろうか。
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