第6話 危機一髪は一回だけなんて誰が言ったんだ
「こんにちは。また会ったね
ナノの目線に合わせるように少しかがんで笑顔を向けてくる
自販機から戻ってきたらお兄にいつまで待たせる気じゃ、
「こんにちは、
ちなみに
ついでに自己紹介程度に話したことがある。わかったことは、お兄と同じぬいぐるみをこよなく愛する人で、物腰が柔らかくて魅力的な先輩だということとjcのナノくらいにお胸が控えめだということ(最後のは言わないようにしよ)。
っと胸に視線が行ってしまったのを誤魔化すように自然に先輩のトップスを見回す。女の子ってみんな視線にやたら厳しいからね。
トップスは白を基調としたペプラムがベース。スリーブはやや七分丈。またその上から黒のジャンパースカートを着ていて、実にシンプルな着こなしだ。
続いて下のほうは、膝上まで露出したスラっと長い脚はニーソックスで覆われている。体格がシャープな先輩には腰まで届くきらめく黒髪のロングヘアがあるため、十分大人びた印象を与える。あとは明るめの
ううむ……。ハッキリ言って羨ましい。こんなに体格に恵まれていればスカートなど当然のように合うし、素材がいいから流行ってないごく普通のコーデでも文句はつけられない。
でも彼女は無自覚に今の服装をしているのではないはずだ。自分のなかの魅力を自覚していなければこのような上から下へ流れるように視線を促すファッションはできない。ありふれた知識と偏りのない客観が
「さすがは先輩……。ナノからもよろしくお願いします!」
「オッケー。うちに任せとき。それで肝心のモデルさんは?」
「今お手洗に行ってます」
「おいおい、
ずいぶんと剣幕な表情でお兄が聞いてくるため、思わずのけぞる。
「ついてこうか、って聞いたんだけど気が引けたのか断られちゃった」
するとナノの発言に先輩は仰天する。
「その
「い、いやぁ……どーのくらいかなー? 外見上、たぶんだけど僕らと同じ、かも」
たどたどしいお兄の反応からして
しかし
なんにせよ、迂闊にも未定の情報は口にしないほうがいい。
お兄とその旨をアイコンタクトで疎通する。先陣を切ったのはお兄だった。
「来未はこの国に来たばかりなんだぁ。日本語はペラペラだけど日本のことなにひとつ知らないからさ。日本式のトイレもどうすれば流れるとか僕たちがその場で教えてあげないといけないんだ!」
ウインク。曰く、『これでどうかな?』
バカ! 一つもオマージュできてねえよ! 勝手に帰国子女設定作んないでほしいんですけどっ! という苦情を噛みしめて表面上だけでも取り繕う。
「そ、そうなんです。今頃きっと便座を目の前にしてどこに座ればいいのか迷ってるんだと思いますっ」
ウインクを返す。曰く、『もう黙ってろ』、と。
お兄は笑顔でウインク。曰く、『ナイスフォロー!!』、だと。絶対伝わってない……。
その妙なやり取りにはさすがに違和感を覚えられた。
「まあひとそれぞれ事情ってものがあるよね。ハハハハハ」
同情された。全開に笑えてないひきつった笑みがその証拠だ。
「よかったー。ありがとう、信じてくれて」
もうこのバカ兄貴はほっとこ。
しかしこの間にも来未ちゃんは帰ってこなかった。
遅い。
と言ったら女の子に失礼だと母に教わったことがあるのでこの場のメンツに聞こえないよう、心の中で呟く。
「
「あれから十分くらい経つけど……遅いね」
「………………………………………遅いな」
釣られて言ったら
とは言え心配である。付き添いを断ってまで一人で行く挑戦に自ら挑んだのだ。そうやすやすと手を出すのは気が引ける。しかし待っているというのも楽ではない。今でこそ子どもを連れる親御さんの気持ちがわかる気がする。
「心配だからナノ見てくるっ」
ついにしびれを切らした
それに続くように僕と
店と店の間に通路が見える。そこへ入って手前が男、その奥に女とトイレがわかれているのだが、角を曲がった瞬間に目に入った光景は一人の少女が男数人に囲まれているものだった。
「
まさかナンパではないのか。
「いいね! その服装! だらけた感じがあるのにめっかわじゃん!」 「ごめん。もうちょい撮らせて!」 「すげえ……全然シャレてねえのに素材がカワイイから全然アリだわー」 「これ逆に流行るんじゃね? ねえ君、今の写真、小鳥のさえずりにアップしていい?」
――――云々。
聞こえ間違いじゃないよな。ナンパ、にしては超有名喫茶、スナバに誘うことも一向にない。
意味不明な現場に立ち会わせたものの、僕たちはなにひとつ身動きが取れなかった。別の意味で。
しかしそれは包囲網状態の来未にも言える。
「ええっと、なんでしょう……その、ええっと……」
ただでさえ初対面に慣れていないため挙措を失っている。目は宙に舞い、手は胸の前で固く結んでいる。
「おーい!
「あ、ナノちゃん!」
すると
「すみません。ボクはこれから家族と洋服を買いに行かなければならないのです。では失礼します」
意外にも
「え、ああそうなんだ……残念だなぁ」 「じゃあせめてLINO交換しよ!」 「全然いいって。邪魔しちゃってゴメンねー」 「これ絶対流行るって! 写真アップしていい!?」
「るっさい! 行くよ
乱暴に
「くそ! なんなのあいつら。ちょっと顔がいいからって調子乗ってんじゃねえよ!
「おいおい、まずはおまえが落ち着きなよ」
いつになく冷静さを欠いた菜々野を宥める。キレると暴言を次々に口走るところは僕と同じだ。
「
見ると
「ごめん。もうちょっと早く行けばよかった。とりあえず休もうか」
今度は僕が
「ナノもごめんっ! 家族なのに……気づけなかった」
「いいえ、これはボクの問題ですから。あそこで一言断っておけば、よかったのですね。勉強に、なりました」
無理をして途切れ途切れに前向きなことを口にしている。逆に
(こんな人間的な感情をドッ君は持っていたのか……)
ふとがらにもないことを考えてしまう。
しかしそんな思考は
「すみませんご主人様……ちょっとでいいので頭を撫でてください」
「え?」
唐突に何を言うんだこの子は。てか僕の呼び名も隠せてないし。
「ん。よく頑張った。よしよし」
僕は慎重に彼女の髪を乱さないように気を付けつつ、毛の方向に沿って頭を撫でる。
「くうん…………ありがとう、ございます」
僕の肩に乗っかる
「ねえ、しゅーじん……この子が外国から来たっていう……」
一人だけ座るスペースがなくて立たせていた
とりあえず回復するまで紹介だけでもしておく。
「そう。
「なにこの子カワイイ~~~~~~っ!!」
「「!!?」」
天使とはかけ離れたテンションで叫んでは、目をキラキラ輝かせて
「ど、どうしたのさ? そんなハイテンションかまされても
「だーかーらー、
……ものの十秒でこのふざけた長文を言い切れる者が存在するのか。存在するのだ。ここに。
公の場では快くお見せできないよだれを
「じゅるっ! 二人ともそうは思わない?」
「ま、まあそうなんじゃないか? あんだけモテそうな外見の男たちに集られたならみんな大切に育ててくれるんじゃないかな? 間違ってもニートにはしないと思うけど……」
「やだよ。あんなゲスイ男たちに神聖な
妹の言い癖がいい加減頭に来た。いつもの悪い口癖を
「おい。さっきから聞いていれば口が悪いにもほどがあるぞ。話の分かる人たちだっただけよかったじゃないか!」
覇気のある口調に動じもせず、勢いを蒸し返すように
「お兄こそ、すこしは
家族という単語を強調され、気圧されたように僕は何も言い返せなかった。妹を叱る兄の強硬姿勢は跡形もなく崩れた。
その隙を突かんとばかりに
――僕のぬいぐるみなんだぞ――
それが僕の、妹の前で言えなかった本音だ。
決して揺るぎない事実にして間違っていない結論。
彼女が人間になってしまった。最初はただドッ君に戻ることを願っていた。しかし
僕は
結局のところドッ君を家族。
どこまだいっても僕は他人のことを
僕は知っている。その癌は摘出不可能の異物だと。
「…………………」
言葉が出ない。フィルムがなければ映画が流れないのと同様に、紡ぐ言葉が見つからないのであれば口に出せるものは乾いた空気。
「ハア」
その様子を見越した
「ねえ、思ったんだけどさ……」
そして何の前触れもなく膠着状態は解かれた。
「何ですか? 悪いですけどこれは
依然として態度を改めない
しかし次に出てきたのは思いもよらないものだった。
「もしかしてなんだけどさ、
「「………………は?」」
「な、なんつってー。なはははははは! ごめんごめん。変なこと聞いちゃったぁ」
「いや……えええとぉ~間違ってはないというか~合ってるというか~」
「ま、まったく~。先輩ってばホントに変な質問しますねえ。ゆ、許しますけどぉ」
(……なんでばれた!?)
十中八九、僕と
互いに苦笑いを浮かべている顔を見合わせる。予期せぬ
しかし喧嘩は終わってもまた新たな問題が発生したのは明らか。
「……
そう言って僕と
『ばれちまったみたいだな。とりあえず逃げるか
『……もうこの際正直に言ってみたら?』
『へ?』
『赤の他人ならともかく、信用できる
「おーい。十秒経ったよー」
「ゴメンあと四十秒」
『そもそも、
『それは…………』
言葉に詰まる。思い浮かばないわけではないが、それこそ軍事利用、人道的問題などスケールが無下に大きい。ごく小規模の範囲の情報伝達であれば問題は起きないといえるのでは?
思えば今の今まで
「……まあウチが執拗に聞くのもおかしいよね。ごめんね」
「いや。
あたりを見回す。こちらに注目する人間はいない。彼女にだけ聞こえる声で至極まっとうな雰囲気をつくる。
「
「へー。なんかどこかの漫画みたいな設定だね。しゅーじんてばもっとマシな作り話持ってきてよー」
「いや
「それにしても二人揃って必死だったね。なんか通じ合ってる感じ~」
「「前世で一緒だったんじゃない?」」
「まあ二人の喧嘩を止めたくて言った冗談のつもりだったんだけど………… 」
「……ア、アマミエル?」
異常に緊張していた僕の鼓動は電気ショックでもされたのかと思うほど急に静まった。目に映るのは天使アマミエル。でもなんか今の僕にはただの紛らわしいことをするだけの天宮にしか見えなくなっていた。
「
「え? しゅーじん、なんか、目が怖いよっ。口は笑ってるのに目だけ笑ってない人生まれて初めて見たかも……ってなにす、ぎゃああああ!!」
頭をワンハンドでがっしり掴んでやった。頭のマッサージにはなっただろ。
その
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