第5話 天使ってこんなもん
「まさか…………ここまでとはねえ」
モール内に入ったはいいものの、中は想像以上に人混みで溢れていた。子ども連れの家族や腕を絡ませているカップル、その他大勢の人がワイワイガヤガヤと行き交っている。入り口付近はすでにカオス。
そしてこぼれる一言が、
「まさかここまでとはねえ……。
「お兄それわざと言ってるの? だとしたら即行でやめてくんない?」
「ほぉぉ……それにしてもものすごい人ですね」
生半可な声量ではアナウンスやらBGMやら喧騒やらでかき消されてしまうため、自然と声が大きい。
「いやぁ、こんなに多いとはぐれるかもしれないなぁ。休日でもこんなにごった返すことはなかなかないけど……」
なにかイベントでもやるのだろうか。それとも特売でもやっているのか。
それとなく見回してみるもそのような客引き情報はない。広告のアナウンスもだいたい迷子のお知らせだし。なんというか異常だった。
「で、どこの服屋に行くのさ?」
「二階の真ん中のエスカレーターの目の前の洋服屋さん。あそこならティーンの女の子がよく着る流行りのものだって置いてあるし、下着も並んでるんだよ。隣に行けば靴屋だし、移動も少なくて済む」
「リサーチ十分だな妹よ」
「そりゃあもう、可愛い
ぐっと親指を突き出す。もう片方の手はしっかりと
僕たちはそのまま一階の売り場を突っ切り、建物の中央に位置するエスカレーターに乗る。
一階はすれ違う時の人との間隔はソフトボール一個分。二階に上がればバレーボールにサイズアップ。ちょっとだけ余裕があった。
「これがえすかれーたー、ですか……。わっ! 急に普通の地面に戻ると変な感じがしますね」
「なんとか着いたね。
「いえ! こんなことで疲れたなんて口が裂けても言えません!」
言ってるも同然じゃんか! たぶん
「よしじゃあ休憩ってことな。そこにベンチあるし」
「も、申し訳ありません……。不甲斐ないばかりに時間をとらせてしまって」
そう言ってベンチに腰掛ける
「初めてなんだから仕方ないよ。まったく運動してないのにこれだけ歩けるのは逆にすごいくらいだよ。いいから座ってて。飲み物買ってくる」
「お兄、ナノはエベレストでとれた超天然水ー」
「なんじゃそりゃ。あればね」
二人を置いて自販機へ足を運ぶ。
『
「あ、でも僕の分がないじゃないか」
ベンチに引き返す前にもう一度自販機の前に立つ。
とんだ徒労と思うばかり、半ば投げやりにオリンポス火山の天然水を押す。
しかし押しても購入時のピッという軽音が鳴らない。
よく見ると売り切れらしい。というより真水はどれもない。
「なんじゃそりゃ……」
買う気も失せたため、返金のレバーに手をかける。
刹那、右頬につんざくような痛みがはしる。
「っ…………!?」
反射的に左側へとサイドステップ。頬の痛みのもとを確認しようとするが、
「あれ? 痛……いや、冷たい……?」
痛みは瞬間的な冷却にあった。頬に水滴がついていたのを確認した。
「ちょっとー。しゅーじんってばびっくりしすぎだよー」
僕の後ろに並んでいた人物が右手に水滴のついて冷え切っているペットボトルを持ち、快哉とした笑いをこぼす。
猫なで声の主の正体をコンマ一秒でわかった僕を褒めてほしいものだ。
振り向くと同時に呆れと安堵の混ざったコメントを犯人にぶつける。
「なんだ……
「なんだ、じゃないよー。そこは『ぐ、偶然だね、
いかにも『どっきり大成功』の文字盤を隠してそうなテンションで僕に話しかける彼女の名は、
数少ない僕の気の置けない友人の一人だ。
腰まで届きそうなくらいつやのある漆黒の髪を下ろし、左右に二房垂らす。覗く黄金色の瞳といい、無駄のないスタイルは
実際、高校入学から二か月が経とうとしているが、その間に彼女の名がかわいらしく端麗な容姿とともに全校に知れ渡ったのだ。
ハッキリ言って言って僕とは住む世界が違う。人当たりがよく頭も良く、さらにはれっきとしたご令嬢様だと聞く。すべてが眩しいのだ。
そんな彼女が僕とどんな繋がりを持っているかというと、
「しゅーじんがこんなに人がわんさか来る所にくるなんて。昨日送ってきた写メのクマちゃん以外に、新しい彼女でも探しに来たの? もしそうだったらさ、ウチと一緒にゲーセンいかない?」
お互い、ぬいぐるみ愛好者だというところだ。
僕がゲーセンで新しい彼女をゲットすれば思い出すように
とくに
「いや、今日は連れの買い出しに付き合ってるんだ。誘ってもらってごめん」
「連れ……?」
突然、僕の言葉の一部を摘み取ると同時に
なんだか寒気がしたんだけど。気のせいかな。
「連れ、だなんてしゅーじんらしくないなー。どうせぬいぐるみと一緒でボッチなのを必死に隠してるだけなんでしょぉ? まさかぬいぐるみ以外にお連れ様がいるなんて、ねえ? 大丈夫だよ、ウチはしゅーじんがボッチでも幻滅しないから……」
なんか目元全体に影が差してますが……大丈夫だろか? しかしゆっくりとした足取りとはいえ雰囲気はテレビから這い出てくる
「ボッチちゃうわ! ほら、前に一度会ったことがあると思うんだけど妹も一緒なんだよ」
別に気にしてないけどそんなにボッチ、って連呼されるのはまったくもって心外だ。
思うままに反論するとさっきまでの冷気はすっかり消えてなくなり、かわりに醜態をさらした羞恥による熱が伝わる。
「そ、そーなんだぁ……。へへへへへ……ゴメンね。家族と出かけることくらいしゅーじんにもあるよね……」
「さっきまでの威勢はどこいったんだよ。逆に聞くけど
ギクッ。
わっかりやすー。多分この子ボッチだからボッチな僕も誘ってお互いウィンウィンな関係を築こうとしていたのでは?
という旨を訊ねるとなんとビンゴ。さらに頬を加熱させていく。余裕を失くした小悪魔にはからかう力もないとみた。てか涙目にもなってるし。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、ボッチだからって。せめてクリの時にやるんだな。
「それならそうとはじめから言えばよかったのに」
「はい……。ゴメンなさい」
「謝ることはないけど。……あ、そうだ。お前ってファッションには詳しかったりする?」
「無知ってわけじゃないけど……」
首をかしげる
「うん、流行には乗ってると思うよ」
たしかに着てる服からするに多少の知識はあるようだ。よくわからんが。
「今日から身内が一人増えるんだけど、その人の新しい服一式をそろえようとしてここに来たんだよ。妹だけじゃ心細いし、できればでいいんだけど選定に付き合ってもらっていいか?」
「そうなんだぁ。ん? もしかしてこれは女子力をアピールするいい機会なのでは……?」
「なんだって?」
「ごほん! えー、ウチでよければもちろん手伝うよ。ただし条件付き」
「条件? 一体どんな……」
ふふんと鼻息を吹かし自信満々の笑みをうかべる。小悪魔ではない少女の笑みだ。
「それよりもさ、しゅーじんが欲しかったのってお水だよね? よかったら飲む?」
僕の目の前に売り切れだったはずの、唐突に頬に押し当ててきたそれを見せながら優しく微笑むその姿は、
「ア、アマミエル……!!」
まさに天使だ。
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