第53話
戸棚の引き出しを開けて、およそ2年ぶりに彼女からもらった香水瓶を引っ張り出していた。
軽く手首にプッシュしてみれば、劣化はしておらずあの頃と同じ甘い石鹸の香りがする。
大学生になってから知ったが、彼女がプレゼントしてくれた香水はかなり高価なもので、雪美があげたマグカップの4倍近く値段が張るものだった。
確か当時はバイトもしていなかったはずだから、お小遣いの範囲から雪美のためにプレゼントしてくれたのだ。
「……いい香り」
あんなに必死になって記憶から追い出そうとしていたのに、無性にこの香りに触れたくなった。
懐かしさと共に、あの頃の記憶が蘇る。
毎日が楽しくてワクワクして、キラキラしていたあの頃。
その当時も、凪はずっと火傷の跡に悩まされていたのかもしれない。
美しい笑顔の裏には、寂しさが潜んでいたというのに、雪美は何一つ気づいてあげられなかった。
彼女は気づかれたくなかったのかもしれないけれど、知ってしまったからには見て見ぬ振りはしたくない。
ぼんやりとお揃いで購入したストラップを眺めていれば、スマートフォンに一件の連絡が入る。
凪かと思って慌ててメッセージを開けば、そこには高校時代の友達の名前。
どうやら久しぶりに同窓会をやろうと企てているらしく、それについての相談だった。
クラスのグループトークには次々と賛同の返事がきていて、遠方に進学した子以外でアンケートを取って、2週間後に集まることに。
「同窓会か……」
仲の良い子とは卒業後も会っているが、やはり近況を知らない人も沢山いる。
久々の再会を楽しみにしながら、ふと彼女のことが思い浮かんだ。
「あの子、グループに参加してないんだった」
グループトークをスクリーンショットして凪に送るが、当然のように既読だけついて返事は貰えない。
きっと来ないだろう。
あんなことがあった手前、絶対に来たがらない。
皆んな凪が来たら喜ぶだろう。
学年の、学園の天使の成長した姿なんて皆んなみたいに決まっているけれど、その期待が彼女をあそこまで追い詰めたのだ。
ゆっくりと日が流れて、同窓会当日を迎えても彼女から返信はないままだった。
来ないことは分かっていても、どうしてか自然と足は凪の家へ向かってしまう。
せっかくだから一緒に行こうと誘うつもりだったけれど、冷静に考えれば迷惑極まりない。
インターホンを押すが、勿論返事はなかった。
「……凪いないの」
また居留守か、本当にいないのか分からない。
独り言だとしても構わないと、言葉を続ける。
すぐに身を引いてしまう彼女と、これ以上距離を開けたくないのだ。
「……知りたいの」
近所迷惑にならない程度に声のボリュームを上げて、扉の向こうにいるかもしれない彼女に語りかける。
綺麗事でも、慰めるための言葉でもない。
ありのままの、雪美の想いを彼女へぶつけていた。
「……凪がどんな思いで生きてきたのか、あの時どう思っていたのか…そう言うの全部知りたい。凪が感じる寂しさとか、後ろめたさとか……一人で抱え込んで欲しくないって思う」
あれから沢山考えた。
どうすれば彼女の心に寄り添えるのか、凪の心の蟠りを解いてあげられるのか。
結局はっきりとした答えは分からないけれど、考えれば考えるほど、さらに彼女への想いが強くなっていったのだ。
「私じゃ頼りないかな…」
扉に手を添えて、額をコツンと擦り付ける。
彼女に寄り添いたいけれど、結局は凪が向き合ってくれなければ何も前に進めないのだ。
「私じゃ……凪のこと支えてあげられないかな。全部受け入れるって…信じてもらえないかな」
もちろん、最後まで彼女からの返事はなかった。
このままでは同窓会に遅刻してしまうため、後ろ髪を引かれながらマンションを出る。
本当に留守だったのかもしれないし、閉じこもったまま出て来てくれなかったのかもしれない。
どうしたらあの子の傷を癒してあげられるのだろう。1人で泣いていないか、それが心配で堪らないのだ。
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