第51話
目を覚ますのと同時に、絶望感に駆られていた。
誰もいない室内で、勿論あの子の姿はない。
高校を卒業して、雪美と離れ離れになって2年の月日が経過していた。
当然あれ以来一度も連絡をしていないため、今どこで何をしているのか何も知らない。
相変わらず周囲と壁を作って、一人の世界に閉じこもって。
美しい天使として、周囲を欺き続ける人生を送っていた。
自分で遠ざけたくせに、あの子のことを忘れた事は1秒だってなかった。人気者で明るい雪美は、きっと新たな人生を謳歌しているのだろうに。
一人で暮らす部屋は、家事をあまりしていないため散らかっていた。
父親からはハウスキーパーを雇うように言われているが、独り立ちしたいからと断ったのだ。
これでは人間らしい生活もまともに送れていないが、それで良いような気がした。
きっと罰なのだ。大切な人を自分の都合で傷つけて、殻に籠った罰。
これから先もずっと、彼女に囚われて前に進めずに、1人で生きていくことが凪に課せられた罰のように感じていた。
再び二度寝をしようかと、そっと目を瞑るのと同時にスマートフォンから着信音が鳴り始める。
友達もいない凪の携帯に連絡をしてくるのは、あの人しかいないのだ。
「もしもし…?」
『凪?私だけど』
予想通り、着信相手は従姉妹の紗南だった。
一人暮らしを始めて以来、度々この部屋に入り浸っていて、彼女がいるおかげで全くの孤独ではない。
『財布忘れてない?』
「えー……」
視線を張り巡らせば、散らかった床に見覚えのない二つ折り財布を見つける。
持ってこいと言われる気がして気が重い。
「持っていくの嫌だよ」
『お願い、今日振り込み期限の払込証も入ってるの…』
「はぁ……」
『今度甘いもの奢るから!』
お願いと頼み込まれて、仕方なく支度を始める。
ただ忘れ物を渡しに行くだけなのに、身なりを綺麗にしてしまうのは凪の悪い癖だ。
周囲からどう思われるのか。
美しい天使であろうとして、無駄な努力をしてばかり。
紗南の勤務先は2丁目にあるビアンバーなため、1人で夜の街を歩いていた。
何度かお店に訪れて、度々声を掛けられることもあるが一度も誘いには乗っていない。
同じ同性愛者が集まる街に来ても、彼女がいるわけではない。
凪にとって雪美は人生の全てで、彼女以外の女性で寂しさを埋めようだなんて思ったことは一度たりともなかった。
一人が寂しく思うときはあるけれど、誰でもいいわけではない。
この寂しさを埋めてくれるのはあの子だけなのだ。
ぼんやりと足を進めていれば、いるはずのない女性の姿に目を疑う。
「え……?」
すっかり大人の女性に成長した、上村雪美の姿。
隣には綺麗なお姉さんの姿があって、2人の雰囲気からすぐにワンナイトだと察した。
こちらが複雑な関係だと勘違いをした女性が去っていけば、見るからに雪美が不服そうな顔をする。
「…来海のせいで相手行っちゃったじゃん」
「え……」
「悪いと思ってるなら相手してよ」
手を取られて、かつてのように恋人繋ぎに絡められる。
振り解けない。離れていた間、彼女はきっとこうして沢山の女を誘ったのだ。
凪ではない相手に体を許して、何度も熱にうなされた。
想像するだけで嫉妬で狂ってしまいそうで、分かりやすく機嫌を悪くさせている自信があった。
「……本気で言ってる?」
「別にいいじゃん。付き合ってって言ってるわけじゃないんだから……子供じゃないんだから、エッチするくらい別に平気でしょ」
「雪美は平気なの」
ちっとも悪びれる様子もなく、雪美が首を縦に振る。
何となく、もうあの頃とは違うのだと思った。
綺麗で明るく、眩い彼女は過去の恋人のことなんてすっかり忘れている。
だったらこちらも物分かりの良いフリをしよう。
過去なんて忘れて、一夜の関係くらい簡単に持ってしまう軽い女のふりをするのだ。
好きな人と触れ合いたいと欲を出して、また一つ嘘を重ねた。
「……雪美ってネコ?」
「どっちでも…」
「私タチしかやらないけど、それでもいいなら」
彼女の熱を知れるのであれば、どちらでも良かった。
しかし服を脱がなくて済むから、タチのフリをしたのだ。
好きな人と一緒にいたいけど、そのためにはこの跡を打ち明けなければいけない。
雪美を信じていないわけではない。
自分に自信がないのだ。
この跡を見ても、彼女から愛してもらえる自信が自分にない。
ただ、凪が酷く臆病なだけなのだ。
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