第49話


 合格発表で自分の名前を見つけて、呆然としてしまうのは凪くらいだろう。

 全国で知名度のある都内の国立大学に合格したというのに、気分は晴れぬままだった。


 「受かっちゃった……」


 模試判定や普段の成績から、受かることはほぼ確実だと言われていて、試験も手応えしかなかった。


 当然の結果だというのに、焦っている自分がいる。

 卑怯な凪は受験に合格したら彼女と体を重ねる約束をしてしまったのだ。


 「……どうしよう」


 それから1週間後、雪美からも嬉しそうに連絡が来た。

 彼女も無事に、志望大学に合格したらしい。


 


 

 悶々とした気分の中、父親方の祖父母の家へとやって来ていた。

 受験勉強を理由に新年の挨拶へ来ていなかったため、大学合格を伝えるのと合わせて足を運んだのだ。


 彼らのことは大好きだけど、全てを理解し合えるとは思えなかった。凪の背中の跡を見て、浮かべた表情は一生忘れない。


 その日は泊まることになって、先に風呂を頂いてから、居間に入ろうとした時だ。


 「凪ちゃん、ますます綺麗になったねえ」

 「本当、モデルさんみたい」


 父親の妹方の夫妻と、祖父母は同居しているため、いつも賑やかなのだ。

 その娘である紗南は家を出ているためいないが、昔はよくこの家で鬼ごっこをして遊んだりしていた。


 「なのに可哀想ね…」


 沈んだ声色に、ピタリと動きを止める。

 立ち聞きなんて行儀が悪いと分かっているのに、耳を澄ませて彼女たちの話し声を聞いていた。


 可哀想という言葉が、ズシンと胸に響く。


 凪は側から見たら大きな火傷の跡がある可哀想な女の子で。

 きっと彼らからすれば、普通の女の子ではないのだ。


 「彼氏とかいるの?」

 「いないらしいよ……あの火傷の跡さえなければね」


 自分では少しずつ受け入れてきても、側から見たらどう見えるのか。


 この火傷の跡がどう思われるのか、客観的にまざまざと見せつけられた気がした。

 凪の火傷の跡は、簡単に受け入れてもらえるものではないのだ。






 とうとうこの日が来てしまったと、卒業式を当日に迎えた凪の心は酷く沈んでいた。

 結局雪美に火傷の跡は打ち明けていない。


 一体どうするべきなのだろう。

 打ち明けるべきだと思っていたけれど、受け入れてもらえる確証なんてどこにもない。


 否定されてしまったら。

 もし、可哀想だと情けをかけられたら。

 好きな人と対等な関係でいられないなんて、こんなに寂しいことがあるだろうか。


 待ち合わせ場所である校舎裏でぼんやりと佇んでいれば、パシャリとシャッター音が聞こえて来て顔を上げる。


 嬉しそうに頬を緩めながら、こちらにスマートフォンのカメラを向けているのは、愛おしくて堪らない凪の恋人だった。


 「……盗撮じゃん」

 「可愛かったから」

 「せっかくなら綺麗に撮って」


 ピースサインを向ければ、もう一度写真を撮ってくれる。

 桃色の淡い桜の花びらが、より一層彼女を可愛くしているような気がした。


 あの日、本屋で勇気を出したから今こうして目の前に彼女がいる。


 踏み込んでしまったから、否定される可能性を思い浮かべてこんなにも胸が苦しいのだ。


 「……ッ」

 

 桜の季節を彼女と迎えられたことが幸せで堪らない。

 卒業してしまえば、雪美との接点なんて何一つなくなってしまうと思い込んでいた。


 「桜と凪ってどっちも本当に綺麗」

 「……雪美はよくそれ言うよね。私のこと綺麗って」

 「綺麗だよ。美しくて美人で、本当に可愛い」


 それ以上何も言って欲しくなくて、彼女をギュッと抱きしめていた。

 好きな人からの綺麗と言う言葉が、こんなにも胸に引っ掛かる。


 そんな綺麗な天使の服の下を、彼女はどう思うのか。


 「卒業と合格おめでとう」

 「凪もね」

 「……この後来るよね?」


 やっぱり用事が出来たと、言って欲しかった。

 しかし無常にも、彼女は首を縦に振ってしまう。


 もう引き返せない。覚悟を決めるしかないのだ。


 「……緊張する」

 「凪でも緊張するんだ」

 「当たり前でしょ…ドキドキして死にそう」


 知られるのが怖い。

 きっと彼女とは違う意味で、酷く緊張している。

 打ち明けるのが怖くて堪らずに、今にも泣いてしまいそうだった。


 何も知らない恋人は、こちらを安心させるように優しく頬にキスをしてくれる。


 お返しのように、雪美の白い肌へ顔を埋めていた。


 「……早く行こう」


 そのまま手を取って、足を進める。

 一歩を踏み出すたびに足取りがどんどん重くなっているような気がした。


 好きな人と体を重ねられるのに、恐怖の方が優っているなんてこんなに悲しいことがあるのだろうか。

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