第48話

 

 恋人同士になったとは言え、二人の間で特に大きな進展はないまま。

 キスをして手を繋いで、時々ハグをするけれど、それ以上は何もしない。


 だけど十分に幸せで、暫くはそれで構わないと思っていた。


 2人きりの室内にて、手を洗ってから料理を温め直す。


 「来てくれて良かった…料理沢山作っちゃったから」

 「凪が作ってくれたの?」


 温め直したグラタンを出せば、雪美の瞳が見るからにキラキラと輝き出す。

 こんな素人の料理をここまで喜んでくれるのは、きっと世界中探しても彼女くらいだろう。


 スプーンを取って、雪美が先にグラタンを食べ始める。


 「ど、どうかな……」

 「美味しい」

 「本当!?」

 「ありがとう、凪」


 ホッとしながら凪もグラタンを口に含めば、美味しいとは言い難い味わいに目を見開く。

 玉ねぎは殆ど火が通っておらず、マカロニもかなり歯応えがある。


 クリームソースはダマになっていて、こんな不味い料理を好きな人に食べさせた後悔と羞恥心でいっぱいになっていた。


 得意ではないと分かっていたが、まさかこんなに料理が下手だとは自覚していなかったのだ。


 「待って、これ全然美味しくない!」

 「美味しいって」

 「こんなまずいもの食べさせてごめん…今からでもピザとか取ろう?」

 「やだ、これ食べる」

 「でも……」

 「私のために作ってくれたんでしょう?」


 慰めるように、優しく髪を撫でてくれる。


 「それが嬉しくて仕方ないの」


 ああ、好きだと思った。

 彼女の優しさが、心の美しさが好きで堪らない。


 唇をキュッと噛み締める。

 こんなに優しい彼女だったら、火傷の跡も受け入れてくれるだろうか。


 「次は美味しくできるように頑張る……」

 「じゃあ、今度は私と一緒に作ろう」

 「いいの…?」

 「一緒に少しずつ上手になっていけばいいよ」


 美味しさとは程遠いグラタンを、雪美は一つ残さず完食してしまった。

 そんな彼女の優しさに甘えてばかりいる。


 「ケーキはお店のだから絶対美味しいよ」


 冷蔵庫からクリスマスケーキを取り出して、ホールサイズのショートケーキを彼女の前に置く。

 

 サンタとトナカイのメレンゲードールが2つ乗っていて、いちごも大ぶりで美味しそうだ。


 「大きい…」

 「そう?私いつも一人で食べてるよ。お詫びにトナカイとサンタさんはあげるよ」


 ナイフでケーキを真っ二つに切れば、何故か雪美がおかしそうに笑い出す。

 いつもケーキを食べる時は、こうして半分に切って2日に分けて食べるのが凪の恒例なのだ。


 「なに…?」

 「切り方豪快すぎない?」

 「さっきから私恥晒してばかりだ……」

 

 友達がいないせいで、世間と少しずれていることに気づけていないのだ。

 笑われてしまって恥ずかしいけれど、雪美が楽しそうだから、それもまた良いかなと思ってしまう。


 恥じらうように笑みを溢してから、先ほど購入しておいたクリスマスプレゼントを彼女へ渡した。


 「これ、私からもプレゼント」


 小さめなプレゼントボックスを開封すれば、中にはお揃いの香水が入っている。  


 「香水だ……」

 「私が使ってるやつとお揃いなの」


 手首に1プッシュしてから、嬉しそうに雪美が顔を綻ばせる。

 好きな人に同じ香りを纏っていて欲しかったなんて、彼女だとしても我儘だっただろうか。


 「これめちゃくちゃ良い香…り……」


 このまま彼女を自分の色に染めてしまいたい。

 凪だけが知っている彼女をどんどん増やして、他の誰にも触れられないように閉じ込めてしまいたい。


 顔を近づけて、ゆっくりと唇にキスを落とす。


 「ん……っ」


 舌を差し込んでも、雪美は嫌がらない。

 それどころか嬉しそうに、こちらの舌の動きに合わせてぎこちなく絡めてくれるのだ。


 勇気を出して服の上から胸を触られば、ビクッと肩を跳ねさせている。

 本当はもっと体に触れたかったけれど、これ以上は歯止めが効かなくなる。


 万が一、雪美が凪の服を脱がそうとしてきたら。

 まだ打ち明けていないため、これ以上は進めないのだ。


 「……ケーキ食べよっか」

 「そ、そうだね」


 ケーキを頬張りながら、やはりこれ以上黙っておくわけにはいかないと考えていた。

 雪美はきっと、その先を求めている。


 自分と同じように好きな人に触れたいと、至極当然の欲望を抱いてくれているのだ。


 やっぱりもう言わないといけない。

 凪だって、好きな人に体を触られたいし触りたい。


 ずっとこのまま立ち往生なんて出来ないと、覚悟を決めた瞬間ケーキの味がしなくなる。


 緊張して、恐怖から甘さを感じる余裕がないのだ。

 クリスマスの夜だから、きっと雪美は泊まるだろう。

 恋人同士が初めて夜を迎えるのだから、きっとそういう事をするに決まっている。


 直前に打ち明けようと決めていれば、彼女が予想外の言葉を口にした。


 「じゃあ私、そろそろ帰るね」

 「え……」

 「どうかした?」

 「な、何でもない……じゃあまた来年」


 てっきり泊まると想っていたが、彼女はそんなつもりはなかったらしい。


 せっかく覚悟を決めたというのに、少しホッとしている自分がいた。


 一体自分でもどうしたいのか分からない。

 好きで、大好きだからこそ本当のことを伝えたいけれど、同じくらい知られたくないと思っていて。


 気づけば玄関で靴を履き替えている彼女に、背後からギュッと抱きしめていた。


 「……凪?」

 「……帰り道、気をつけてね」

 「平気だよ…ここら辺明るいし」

 「本当に?危なくない?」

 「大丈夫だって」


 このまま泊まってと言いたいのに。

 同時に言いたくないと思っている。


 泊まってしまえば、言わないといけない。

 帰ってくれれば、まだ凪は雪美の中で綺麗な天使としていられる。


 「おやすみなさい」


 自分でもどうしたら良いか分からない。

 雪美に知って欲しい。

 知らないで欲しい。


 跳ね除けて欲しい。

 そのままを愛して欲しい。


 好きすぎるからこそ、こんなにも凪は臆病になってしまうのだ。

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