第36話
もう2度と連絡する事はないと思っていた、彼女とのトーク画面。
最後にやり取りをしたのは2年前、話があると公園へ呼び出された時。
酷く絶望的な思いで、見返すのも辛かったこの画面を、講義中にも関わらずジッと眺めていた。
「……どうしよう」
こちらが誘えば、彼女と会える。
けど会ったとしても、楽しくデートをするわけでもなくて、ただホテルへ向かうだけ。
欲を発散することを目的に好きな人を呼び出すなんて、こんなに虚しい事があるだろうか。
あの子に会いたいけれど、会う理由は行為しかない。どうするべきか悩んでいれば、隣に座っていた美玖に小声で話しかけられる。
「雪美何してんの」
「……何でもない」
「…いや、なんかあった?」
ジッと顔を見つめられて、戸惑って目を逸らしてしまう。
凪ほどではなくても、美玖だって十分に美人なため直視されると緊張してしまうのだ。
「彼氏できた?」
「え……」
「なんか綺麗になった気がする。化粧変えたの?」
あの子と再会して、いつ呼び出されても良いように常に美容に気を使うようになった。
大学でも毎日化粧をして、髪の毛だって結ばずに丁寧に巻いている。
服装もカジュアルなスウェットなどは着ないで、ヒールの似合うワンピースを身につけているのだ。
スキンケアを高いものに変えて、化粧だってさらにこだわるようになった。
こんなことをしても何も意味はないと分かっているのに、無駄な努力を重ねてしまうのだ。
アイスカフェオレを飲みながら、我ながら自分の意思の弱さに呆れてしまう。
こんな関係を続けても行き着く先はひどく寂しいものだと分かっているのに、目先の欲望に目が眩んだ。
あの子に会いたい一心で、結局連絡を入れてしまったのだ。
待ち合わせとして指定されたカフェで、カップを口元へ運ぶ彼女をジッと見つめる。
「ホテル行かないの?」
「……せっかくだからお茶してから行こうよ」
てっきりさっさとホテルへ向かうと思っていたと言うのに、彼女は一番大きいサイズの飲み物を注文して居座る気満々だった。
直接ホテル前で集合することも出来たため、このカフェを指定されたことすら意外だったのだ。
「……ッ」
2人で向かい合いながらお茶をするなんて、変な感じがする。
もう2度と合わないと思っていた恋人と、これからホテルへ向かうのだ。
まつげパーマをしているのか、まつげが綺麗に上がって目元がぱっちりしていた。
そんなことをしなくても十分に可愛いというのに、更に努力を重ねる姿が魅力的だと思う。
指先は細く、爪も綺麗に手入れされていた。もちろん、髪の毛も全く傷んでいない。
この美しさを維持するために、一体どれほど気を使っているのだろう。
「……相変わらず来海は綺麗だね」
ついこぼれ落とした言葉に、凪が不機嫌そうに眉間に皺を寄せてしまう。
綺麗と言う言葉ではなくて、もっと別の部分が癪に触ったようだった。
「前から思ってたけど、どうして私のこと名字で呼ぶの」
「え……」
「私は雪美のこと雪美って呼んでるのに」
なんと返せばよいのか分からなかった。
そんな友達の頃のようなテンションで咎められても、どんな顔で返事をすればよいのか。
名前で呼べる関係を壊したのは、そちらの方だというのに。
「……セフレの呼び方なんて何でもいいじゃん」
自分で言っておいて虚しくなる。
返す言葉がないのか、凪も何も言ってこない。
気まずい雰囲気が流れて、何とか話題を変えようと思いついた言葉を口にしていた。
「……来海は大学で友達いるの?」
当然のように、凪が首を横に振る。
社交性がなく、一匹狼なのは何も変わっていないらしい。
「……別にいらない」
社交性は勿論、協調性もないというのに、それが彼女の特別感を更に大きなものにするのだ。
誰とも戯れない天使が自分にだけは微笑みかけてくれる。
好きだよと言ってもらうたびに、彼女を独り占めしているようで嬉しかった。
雪美以外の誰のものにもなって欲しくないと、そう想いながら生きてきたのだ。
「勉強は楽しいけどね…興味ある講義だけ取ればいいし…雪美は?」
「楽しいよ。サークルは3回くらいで辞めちゃったけど」
「どうして?」
「……楽しくなかったから…昔に比べて楽しいって感情減ってるのかも」
凪と離れてから、何をしてもあまり楽しいと思えない。
あの頃は毎日が楽しくて、ただそばにいられるだけで幸せで仕方なかったというのに。
相変わらず愛らしい彼女の唇をジッと見つめていた。
同じ同性愛者で、性別という壁がないのであれば、どうにかして同じ思いを返してもらえないだろうか。
そんな失礼なことを考えてしまうくらいには、彼女に執着している。
他の人なんてどうでも良いと思うくらい、雪美にとって凪は世界の全てなのだ。
「私も……今は楽しくない…雪美と過ごした高校3年の冬が人生で一番楽しかった」
切なさで胸がキュッとなって、気づけば顔を俯かせていた。
そんなことを言われてしまえば、勘違いしてしまいたくなる。
彼女にとっての特別になりたいと欲が込み上げて、更に自分の首を絞めてしまいそうになるのだ。
これ以上良いように捉えてしまわないように、自ら残酷な現実を付きつけた。
「飲んだなら、さっさとホテル行こうよ」
「そうだね」
あの頃に戻りたいなんて、そんな子供じみた幻想を抱いてしまう。
だけど同じくらい、戻りたくない。
何も進まないで関係が変わらない過去も、彼女と共にいられない未来も欲しくなかった。
自分が何を求めているのか、真実から目を背けるようにそれ以上考えることをやめてしまっていた。
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