第35話
一体何がしたいのか自分でも分からなかった。
好きな人と体だけの関係を持っても辛いだけなのに、なぜあんな提案をしてしまったのか。
ただ一つ言えることは、雪美にとって高校3年生の半年は夢のように幸せな時間で。
彼女と恋人同士でいられたあの時間に、あの幸福に、もう一度触れたくなってしまったのかもしれない。
所詮は偽りの関係だとしても、来海凪の熱を知りたかった。
結局、この2年の間一度も彼女を忘れられなかったのだから。
もしかしたら体を重ねることで案外踏ん切りがつくものかもしれないと、柔らかいベッドに押し倒されながらそんなことを考えていた。
緊張で一度生唾を飲み込んでから、こちらに覆い被さる彼女を見つめる。
こんな風に、凪は他の女性を押し倒した事があるのだろうか。
そんな無粋なことを考えて、嫉妬してしまう自分がいた。
体だけの関係の雪美は、嫉妬をする権利すらないというのに。
「……何かして欲しくないことってある?」
「え……」
「舐められるの嫌とか、そういうの」
考えてみるが何も思い浮かばずに、首を横に振る。
凪と触れ合えるので合えば、それ以上何も望まない。
たとえ羞恥心で頭がおかしくなってしまったとしても、全てを受け入れる覚悟だった。
「けど……キスはして欲しい」
「……いいよ」
ゆっくりと顔が近づいて、およそ2年ぶりのキスをする。
柔らかい感触に、懐かしさと共に愛おしさを込み上げさせた。
薄らと口を開けば、すぐに舌を侵入させられる。
互いの息が混じり合う感触と、生暖かさに胸を震わせていた。
チロチロと彼女の舌の先端で、唇を舐められる感覚が堪らなく好きだったのだ。
「ん……ッ、んっ、ァッ」
まるで生き物のように器用に動く彼女の舌に、雪美はいつも翻弄させられていた。
ギュッと目を瞑って口づけを受け入れていれば、前開きのワンピースのボタンを一つずつ外され始める。
すぐに胸元が露わになって、キャミソールをたくし上げられれば、下着に支えられた雪美の胸が露出した。
決して大きくも小さくもない平均的なサイズのそれを、彼女にジッと見られている。
「……来海は脱がないの」
「自分はいつも通りなのに、相手だけ脱がすのが興奮する」
そんな性癖初めて知った。
やはり彼女はこの2年で色々経験して、もう雪美の知っている凪ではないのだ。
立ち止まり続けて、前を進めなかったのは自分だけだったことを突きつけられたような気がした。
「……跡は付けないから安心して」
「え……」
「キスマーク。他のセフレに失礼でしょ」
他にセフレがいるような女に見えている事が何よりもショックだった。
長年彼女を想い続けて、心移りなんて一度もしていない。
2年ぶりに再会して、突然体の関係を強請るくらいだから、そう思われても当然だというのに。
「……雪美」
名前を呼ばれて、優しく髪を撫でられる。
髪から耳に、耳から鎖骨へと滑った後、下着の上から胸元に触れられていた。
「……ッ」
首筋に顔を埋められて、舐められて。
少しずつ服を脱がされて、彼女の前で素肌を晒していく。
手の熱が肌に触れる度に、じんわりとした何かが体の奥底から込み上げてくるのを感じていた。
「……来海」
「なに」
「……なんでもない」
みるみるうちに体は火照らされて、彼女に溺れるのはあっという間だった。
下着を取られて、あらぬところに指を這わされて。
心地良くて仕方ないのは、きっと相手が彼女だからだ。
経験もないせいで凪の手つきが上手いのかどうか分からないけれど、心地良い事は確かで。
好きな人相手だったから、はしたなく声を上げて乱れたのだ。
行為中も、あの甘い石鹸の香りに包まれていた。
清楚で甘酸っぱい香りを嗅ぐたびに、きっと雪美は欲に塗れたこの夜のことを思い出すのだ。
覚束ない足取りでシャワールームを出れば、ベッドの上でスマートフォンをいじる彼女の姿があった。
恋人でもない2人だから、行為が終わってしまえば甘い雰囲気はどこかへ消え去ってしまう。
当然ピロトークなどは行わずに、シャワーを浴びるのも雪美だけ。
はじめての行為の後だというのに、酷く物悲しい。自分が選んだ結末は分かっていたはずなのに、チクチクと胸が痛むのだ。
相変わらず美しくて綺麗な彼女の横顔を見ていると、懐かしさで涙が込み上げそうになる。
「……来海はいいの?」
「さっき手洗ったし」
こちらと違って、一切服は乱れていない。
自分ばかり乱れて、心地良くて。
気持ち良かったのに、手放しには喜べなかった。
好きな人を忘れられなくて、体だけの関係を持ってしまった罪悪感。
自分の選択なのに、まちがっていなかったと胸を張って言えないのが辛かった。
「……ッ」
沈黙が続いて、気まずさからベッドの端にちょこんと座り込む。
行為中は問題なかったが、あんな別れ方をした手前どんな顔をすれば良いのか分からない。
仲睦まじく世間話なんて、とてもじゃないがする気分にはなれなかった。
「あんな風に相手探すこと良くあるの?」
「……ッあるよ」
また一つ、嘘を重ねた。
見栄を張ったのではなくて、初めてで重いと思われたくなかったのだ。
2年前に別れた元恋人がまだ自分のことを好きで、忘れられないから初めてを奪って欲しいなんて重いと思われるに決まっている。
まだ彼女に想いがあって、忘れられなかったことなんて知られたくない。
凪の態度を見れば、雪美のことを何とも思っていないと嫌でも分からさせられるから。
「するよ。初めて会った人でも、全然タイプじゃなくても……空いてれば誰でも」
「……ビッチじゃん、それ」
返す言葉がなくて、黙り込んでしまう。
自業自得だというのに、こんなに些細なことで傷ついてしまうのだから雪美の心は本当に脆い。
ビッチのような振る舞いをしているのだから、そう言われても仕方ないというのに。
「……真面目に恋愛しても疲れるだけでしょ」
紛れもない雪美の本音は、彼女からしてみれば嫌味に聞こえたかもしれない。
突発的に放った言葉に後悔したが、天使はちっとも気にした様子はなく、また残酷な言葉を口にするのだ。
「……私たち結構相性いいと思うから、また空いてたら連絡して」
連絡先は変えていないからと告げてから、凪が帰る支度を始めてしまう。
行為をするために集まって、終わればさっさと解散する関係。
バスローブの紐も解きながら「気が向いたらね」と返事をする。
意地を張ったけれど、絶対に連絡してしまうのだろう。
雪美はバカで愚かで。
自分が傷つくことになると分かっていても、目先の欲に眩んでどんどん深みにハマってしまう。
昔から勉強は得意で要領が良いつもりでいたけれど、こんなに冷静な判断が出来なくなるくらいには人間らしい。
恋をするとバカになるとよく言うけれど、雪美はまさにその典型なのかもしれない。
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