第31話


 大学とは、高校までに積み重ねた常識から大きく外れた場所だった。

 真面目にやるよりも上手くやる。

 一生懸命やるより要領よく。


 真面目にやればとことん打ち込めて、手を抜こうと思えば自堕落な人間が出来上がる。


 自分次第で、良くも悪くもなる。

 そして上村雪美は間違いなく後者の大学生活を送っているのだ。





 寝ぼけ眼な中、手探りで着信音のなるスマートフォンを探していた。

 目覚ましアラームではなくて、友人からの着信で目を覚ますのは一体これで何度目だろう。


 カーテンは閉めずに眠ったせいで、眩しい日光が部屋中に降り注いで思わず目を細める。


 昨日飲んだ酒が抜けていないのか、こめかみあたりがズキズキと痛んでいた。


 「もしもし…」

 「雪美一限出ないわけ?出席やばくないの」

 「あー…代返しといて…」

 「またかよ。今度昼飯奢れよ」


 プツリと通話の切れたスマートフォン。

 時刻を見れば10時を迎えようとしているところで、のそのそと布団から起き上がる。


 途端にズキンと頭部が痛んで、頭を手で押さえてしまう。


 「いった……」


 間違いなく、昨日煽ったお酒のせいだ。

 酒を飲める年になって、すぐに自分が飲める体質ではないことには気づいたというのに、性懲りもなく飲み続けている。


 飲み会で飲むこともあるが、1人でぼんやりと缶チューハイを飲むことが多い。

 飲んでいる間は少しだけ気分が楽になる。ぐっすりと眠りにつけて、そのために飲むなんてまるでアルコール中毒者のようだ。


 「……目覚まし掛けたはずなのに」


 はずだと思うのは、自分でもあまり自信がないからだ。確か眠る前にセットしたはずだけど、していないような気もしてしまう。


 こうして講義開始時刻まで寝過ごしてしまう事は珍しくなく、同じ学科の花平はなひら甲斐かいには度々代返を頼んでいた。


 予備校に通っていた際知り合った彼とは、被っている講義も多いのだ。

 かつての雪美を知っている彼は、今の雪美をみて一体どう思っているのだろう。



 

 ゆったりとした足取りで階段を上がれば、当然のようにシンと静まり返っている。

 共働きの両親はすでに会社へと行ってしまったらしく、ダイニングテーブルの上には雪美の分の朝ごはんが置かれていた。


 顔を洗って目を覚まして、冷蔵庫に入っているパックの牛乳を取り出す。

 勢いよく飲み干してから、込み上げてくるのは自己嫌悪だった。


 ろくに大学へも行かず、二日酔いの頭痛に苛まれながら迎える朝。


 「……何やってんだろ」


 大学に入学して2年が経過した。

 入学後すぐに入ったサークルには3回ほどしか足を運ばずに、今はすっかり幽霊部員と化してしまっている。


 大学の単位もすべて楽単と呼ばれる楽なものばかりで、側から見たらお気楽な学生生活を送っているように見えるのだろう。


 何も続かずに自堕落な生活を送っている雪美が、唯一続けていることといえばエステのバイトくらいだ。


 仕事内容も着々と身に付き始めて、1人で施術をさせてもらえるくらいには成長している。


 学歴にうるさい両親に、大学は絶対に進学しろと言われて入学したが、本音は美容の専門学校へ進学したかったのだ。 


 興味がない分野で、行く気が起きないのは当然なのかもしれない。


 そうやって言い訳を続けていれば、もう20歳を迎えてしまっていた。大学生活は高校生活と違ってあっという間に月日が流れていく。


 ストレスのない、自分のやりたいことだけをすれば良い生活は、無情にもずっと続いてはくれないのだ。

 

 「……凪は何してるんだろう」


 高校を卒業して以来、一度も彼女に連絡入れていなかった。

 本気で凪に恋をしていたからこそ、中途半端に近づいて想いを拗らせることを恐れたというのに。


 あちらの方からも連絡は一切来ないため、それが向こうの答えなのだろう。


 案外こちらのことなんてケロリと忘れて、さっさと恋人を作っているのかもしれない。


 他の誰かの隣で、幸せそうに微笑む彼女の今を知るくらいなら、何も知らずにいた方がいい。


 チクチクと胸が痛んで、あまりに愚かな自分に笑ってしまう。


 「……本当馬鹿みたい」


 自分で想像して、自分で傷ついて。

 おまけにまだ好きだなんて、本当に一体どこまで愚かなのだろう。


 思いの丈は募っていくばかりで、一向に過去の思い出として色褪せてはくれないのだ。

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