第28話


 桃色の花びらが至る所で咲き誇り、気づけばマフラーや手袋のいらない季節がやって来ていた。


 春は出会いと別れの季節というけれど、彼女とはこれからも変わらずにいられる。


 だからこそ、卒業式を迎えても不思議とそこまで寂しさはないのかもしれない。


 胸元に卒業生の証であるコサージュを付けた生徒達が、廊下で名残惜しそうに写真撮影をしていた。


 皆新しい門出に胸を膨らませつつも、やはり3年間時間を共にした友人との別れが寂しくて仕方ないのだろう。


 「雪美、私とも撮ってよ」


 スマートフォンを向けられて、一年生の頃に同じクラスだった友人と写真を撮る。


 ホッと一息つこうとすれば、今度は同じクラスの子から声を掛けられていた。


 「雪美、次こっちー」

 「まって今行くから」


 皆が撮影に夢中な中、教室の中から野太い男子生徒の声が聞こえて視線を寄越す。

 10人ほどの運動部に所属する男子生徒が、凪に深々と頭を下げていた。


 「あの、天使…じゃなくて来海さん」

 「なに」

 「俺らと写真撮ってもらえませんか」


 一匹狼の彼女へ声を掛けた彼らに、皆が勇者を見つめるような眼差しを送る中。

 困ったようにため息を吐いた彼女が、渋々と言ったように返事をしている。


 「まあ……別に良いけど」

 「…ありがとうございます!おい、お前らそこ一列に並べ」


 真ん中が凪で、男子生徒はその後ろでぎこちなくピースをしている。

 雪美以外に無愛想な彼女は、もちろんニコリとも笑っていなかった。


 「じゃあ撮るよ」


 カメラを持った女子生徒の声を合図に、パシャリとシャッターが切られる。


 結局ピースサインすらしていないため、棒立ちの美少女を囲むガタイの良い男子生徒達、という何とも不思議な写真が撮影されていた。


 「ありがとう……家宝にします」


 深々と頭を下げて満足げに去っていく男子生徒に、そばにいた友人がおかしそうに呟く。


 「あいつらあれで嬉しいんか…?」

 「まあ、凪レベルの美人は中々出会えないし」

 「あれなら合成でも良いレベルじゃない?来海ちゃんポーズとってないし、てか真顔だったよね」


 顔を見合わせてから、あまりのおかしさに吹き出してしまう。


 凪があれほどの美人なのに女子生徒からやっかまれないのは、間違いなく男子生徒への塩対応だろう。


 恋人が1人で教室を出たのを確認してから、雪美もリュックサックを背負う。


 「じゃあ、そろそろ行こうかな」

 「え、カラオケ行かないの?」

 「今日はパス」


 少し早歩きで約束場所の裏庭へと迎えば、そこには既に美しい恋人が桜の木の下で待ち侘びていた。


 桃色の花びらが髪に付いていて、その姿がより可愛らしさを増して見せる。


 まだこちらには気づいていない凪にスマートフォンのカメラを向けてから、隠し撮りをするようにこっそりとシャッターを押した。


 パシャリとシャッター音が鳴ったため、驚いたように凪が顔を上げる。


 「……盗撮じゃん」

 「可愛かったから」

 「せっかくなら綺麗に撮って」


 愛らしく微笑んでから、こちらに向かってピースサインを向けてくる。


 先ほどとのギャップに、こっそりと優越感のようなものを抱いていた。

 可愛い恋人が自分だけには素直で笑顔を見せてくれるなんて、嬉しくて当然だろう。


 この笑顔を知っているのが雪美だけだと思うだけで嬉しくて堪らないなんて、この恋心は本当に重症なのかもしれない。


 桜の季節を彼女と迎えられた。

 これから先もそんな些細なことで、幸せを感じ続けるような気がした。


 「桜と凪ってどっちも本当に綺麗」

 「……雪美はよくそれ言うよね。私のこと綺麗って」

 「綺麗だよ。美人で、優しくて……本当に可愛い」


 ギュッと正面から抱きつかれて、優しく背中に腕を回す。

 卒業式の間も、脳内は彼女のことを考えていた。


 2人とも受験を合格して、無事に卒業式を迎えたのだ。雪美と凪だけが知っている約束を、ようやく叶えられる時が来た。


 「卒業と合格おめでとう」

 「凪もね」

 「……この後来るよね?」


 誘いの言葉に、全てを察して緊張してしまう。

 好きな人と触れ合いたいけれど、やはりいざ目の前にすると色々と不安もあった。


 上手くできるだろうか、自分の体を彼女はどう思うだろうかと、好きな人相手であれば気にして当然だろう。


 「……ん」


 シンプルな返事に、腕に回された力が強められる。

 昨日は入念にボディクリームを塗り込んで、下着も一番お気に入りのものを身につけた。


 香水だって、彼女からクリスマスプレゼントにもらったものを付けているのだ。

 準備は万全で、あとは本番を迎えるだけ。


 「……緊張する」

 「凪でも緊張するんだ」

 「当たり前でしょ…ドキドキして死にそう」


 緊張を解そうと頬にキスをすれば、優しく首筋に顔を埋められる。

 チュッと軽く吸われた後、今度は唇にキスを落とされていた。


 「……早く行こう」


 手を恋人繋ぎにされて、2人で一歩を踏み出す。

 いよいよ凪と体を重ねるのだと、じんわりした羞恥心と幸福感に包まれていた。

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