第27話


 年が明けて家族以外で最初に会うのが、彼女であることが嬉しくて仕方ない。


 恋人同士でなければ、始業式を迎えるまでは顔を合わせることが出来なかっただろう。


 息抜きがてらに初詣に行こうと約束したものの、本音は凪に会いたいだけだった。


 お参りでは勿論受験合格を願って、絵馬にも描いてしっかりと神頼みをした。


 すぐに解散するのも寂しいからと、2人で神社近くの喫茶店へと足を運ぶ。

 年始のせいか、店内の客入りはまばらだ。


 2人でソファ席に腰を掛けてから、注文したホットミルクに砂糖を入れる。

 たっぷりと甘くしてから飲み込めば、冷えていた体にジンワリと温もりが伝わっていく。


 「いよいよ受験だね」

 「凪は自信ある?」

 「だって私頭良いもん」


 自信満々に答えているが、決して嫌味ではなく事実なのだ。謙遜するよりもよほど潔い答えに、思わず笑みを浮かべてしまう。


 この美貌で頭脳明晰なんて、神は彼女に何物を与えるつもりだろうか。


 「けど……やっぱり雪美と同じ大学いきたいなあ」

 「そんなことで進路決めちゃダメだって。大学生は高校よりも時間取れるから、頻繁に会えるよ」

 「……私が一人暮らしするって言ったの覚えてる?」


 コクリと頷けば、嬉しそうに凪が口角をあげて見せる。一度前髪を手櫛で治してから、願ってもないお願いをしてきてくれた。


 「……そこで一緒に、料理の練習付き合ってくれる?」

 「当たり前じゃん」


 これまで家事をしてこなかったせいで、料理の腕前がイマイチな彼女からのお願い。

 恋人と一緒に料理が出来るなんて、どれだけ幸せなことだろう。


 どんどんその先の約束が増えていく。

 見たこともない未来で、彼女と共に人生を歩んでいく。


 これから先凪が隣にいるだけで、雪美は何だって出来る様な気がしてしまうのだ。


 喫茶店を出る頃には、辺りはすっかり日が沈んでいた。

 帰りがけにアウトレットモールへと立ち寄れば、キラキラとした綺麗なイルミネーションが光り輝いている。


 「正月でもイルミネーションやってるんだね」

 「冬の間は付けてるらしいよ」


 眩い光に照らされた凪があまりにも綺麗で、見惚れてしまう。

 恋人という贔屓目をなしにしても、これから先彼女以上に美しい女性と出会えるとは思えなかった。


 「……凪って本当に綺麗だね」

 「え……」

 「今まで出会った人の中で、凪が一番きれい。こんなに綺麗な人見たことないよ」


 彼女がピタリと立ち止まったため、雪美も半歩先を行ったところで足を止める。

 不思議に思って振り返ろうとすれば、背後からギュッと抱きつかれた。


 人通りがまばらとはいえ、全く誰もいないわけではない。

 

 凪の方からこうして人前でスキンシップを取ることはあまりないのだ。


 「嬉しい……」


 褒め言葉はきちんと、彼女の胸に響いたらしい。

 彼女が溢れさせた言葉に、雪美も頬を綻ばせていた。


 正面から向き合うのは恥ずかしいため、背後から抱きしめられたまま、勇気を出して声を上げる。


 「……あのさ、凪」

 「なに」

 「……二人とも受験合格したら、その……もっと凪のこと触って良い?」


 驚いたように、彼女が体をビクッと跳ねさせる。

 暫くの沈黙が続いた後、酷く小さい声で「良いよ」という言葉が耳元で聞こえて来た。


 恥ずかしいのか、そのまま肩に顔を埋めてしまう。


 ピタリと体が密着しているため、背後からドキドキと鳴る鼓動が伝わって来た。


 「……私も雪美に触れたい」

 「尚更、受験頑張らないとね」

 「ん……好きだよ」


 こんなにも愛おしい恋人から、愛の言葉を囁いてもらえる。

 じっくりと感情を込めながら、雪美も自分の想いを彼女へ伝えた。


 「私も凪が大好き」


 卒業まであと3ヶ月もない。

 ギリギリの所で彼女との仲が深まって、遠い未来の約束まで結ぶことが出来る。


 改めて、美しい彼女とすれ違わずに済んだ奇跡に感謝をしていた。






 脳は冴え切っていて、余計なことは何も考えていない。

 感情も落ち着いていて、受験当日とは思えないほど普段通りの朝を迎えていた。


 スマートフォンを確認すれば、可愛い彼女から『受験頑張ってね!』と応援のメッセージが入っていた。


 自分のために、彼女との未来のために此処で躓くわけにはいかないのだ。


 「頑張らなきゃ……」


 頬を軽く叩いて、気合を入れる。

 新年に購入したお揃いのお守りをぶら下げながら、雪美は未来への一歩を踏み出していた。

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