第25話


 気づけば街中はイルミネーションで彩られて、真冬の訪れを感じていた。

 最寄駅の目の前には大きな電飾のクリスマスツリーが飾られていて、もうすぐあの日がやって来るのだ。


 受験生だから今年は関係ないと思っていたというのに、不思議と浮き足立っている自分がいる。


 どうせ当日は予備校で勉強漬けだというのに、恋人がいるだけでこんなにもソワソワするなんて思いもしなかった。


 学校からの帰り道、偶然通りかかった雑貨屋のディスプレイに飾られた商品をマジマジと眺めていた。


 「……これ可愛いな」


 白色をベースに、淡い色合いで小さな花柄がデザインされたマグカップ。

 清楚な雰囲気の彼女は、きっと好むだろう。


 「クリスマス、凪はどうするんだろう……」


 こちらが予備校に行くことは彼女も知っているため、当然何の約束もしていない。

 まさか受験生の期間に、人生ではじめての恋人が出来るなんて思いもしなかった。


 本当は一緒に過ごしたいけれど、予備校帰りだと少しの間しか一緒にいられない。


 きっと彼女も勉強するだろうが、やはり気になってしまう。


 「……恋人なんだし良いよね」


 悩んだ末に、花柄のマグカップを購入していた。

 可愛らしくラッピングされた商品を受け取って、擽ったい思いで店を出る。


 本当はアクセサリーにしようか悩んだが、付き合って1ヶ月も経っていないため、重いような気がしたのだ。

 可愛らしい小花柄のマグカップなら、きっと彼女も受け取りやすいだろう。





 長すぎる校長の話を、欠伸を噛み殺しながら聞き流す。クリスマス当日は終業式なため、堅苦しい時間を眠気を堪えながら必死に耐えていた。


 ようやく式が終わって午前中に解放されても、この後予備校へ行かなければいけないため未だに気は重いまま。


 それでも恋人の喜ぶ顔が見たくて、事前に購入していたプレゼントを放課後の教室で渡していた。


 他の生徒はもう帰ってしまったため、2人きりだ。

 

 「これ、プレゼント」

 「ありがとう…!」


 両手で受け取ってから、嬉しそうに胸元でギュッと抱えている。

 ラッピングのリボンを解いて中を見れば、更に嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。


 「可愛い……!大事にする。めちゃくちゃ嬉しい」


 嘘のない言葉に、ジンワリと胸が温かくなる。

 この笑顔をみれるのであれば、雪美はいくらでも彼女にプレゼントをしてしまいそうだ。


 「ごめん、私用意してなかった……」

 「別にいいよ。約束してたわけでもないし、そもそも私があげたかったんだし……」

 「予備校がんばってね。遅いの?」

 「20時くらい。嫌になるよ」


 時刻も迫っていたため、名残惜しさを残しつつ学校を出る。


 予備校はクリスマスにも関わらずいつも通り沢山の人がいて、皆んな受験のためにがむしゃらに頑張っているのだ。


 雪美も負けてられないと、誘惑に耐えながら何とか授業に集中していた。





 

 昼夜で寒暖差の大きい冬の夜空の下は、すっかりと冷え込んでいる。マフラーに顔を埋めながら、花平甲斐と共に予備校を出る。


 どちらも勉強疲れで疲弊しており、精気が搾り取られている自信があった。


 「クリスマスに勉強とか俺ら可哀想すぎない?」

 「受験生なんだから仕方ないよ」

 「マジで無理。もう早く解放されたい……」

 「あと2ヶ月もないんだから頑張らないと……え?」


 予備校の入り口前。

 寒そうに手を擦り合わせながら、ジッと待ち続けている彼女の姿があった。


 綺麗で美しい天使は人間界では目立つため、皆がジロジロと彼女に視線をやっている。


 しかしそんな注目をものともせず、彼女は堂々としていた。


 「天使だ……」


 見惚れたように、甲斐がポツリと呟く。

 同世代の女の子への表現方法としては神格化し過ぎのようにも聞こえるが、それくらい凪は可愛く美しいのだ。


 「じゃあね」

 「は?駅まで行くんじゃ……」

 「用事出来たから」


 そう言い残して、寒さに震える彼女へと近づく。

 雪美に気づいた天使は、嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 一体いつから待ち続けていたのか、鼻先は僅かに赤くなってしまっている。


 「……待っててくれたの?」

 「予備校だから仕方ないって我慢しようと思ったんだけど…やっぱりちょっとでも雪美と一緒にいたくて」


 可愛らしい恋人からそんな事を言われて、嬉しくないはずがないだろう。

 胸をときめかせながら手を繋げば、やはりすっかりと冷たくなってしまっている。


 少しでも温めてあげられるように、指を絡めた恋人繋ぎにしていた。


 「私の家、今日誰もいないの」

 「え……」

 「勉強の邪魔になるかなって、言うか迷ってて…けど、雪美が嫌じゃなかったら来ない?」


 そんな可愛いお願いを、断れる人なんていないだろう。

 一気に緊張が込み上げて来て、生唾を飲んでから首を縦に振っていた。


 クリスマスに恋人の家へ行くなんて、そんな夢みたいなことがあって良いのだろうか。

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