第24話


 いつ保健医が戻ってくるかも分からないと言うのに、二人でベッドに横たわっていた。

 授業中なためシンと静まり返った保健室。


 誰に聞かれるわけでもないというのに、互いの顔を近づけ合いながらヒソヒソと言葉を交わす。

 

 「足痛くないの?」

 「平気だよ。ちょっと捻っただけ」

 「……あんまり無茶しないで。逃げれば良かったのに」

 「気づいたら倒れて来てたの。それに気づいててもどっちにしろ助けてたかな……」


 上体を起こして、彼女の手が雪美の足を掴む。

 保冷剤を取ってから、冷え込んだ足首に触れられた。


 冷やしていたせいで感覚はなく、それが少し残念に思えてしまう。


 「……本当にお人好し。そういう所好きだけど……もっと自分のこと大事にしてよ」


 ゆっくりと顔を近づけて、彼女の唇が雪美の足首に触れた。

 そのまま舌でなぞられて、つま先にリップ音をさせながらキスされる。

 

 可愛らしい恋人にそんな所を舐められて、恥ずかしくて仕方がない。


 「……よく足にキスできるね」

 「好きな人だもん」

 「……凪っていつから私のこと好きなの?」


 こちらの問いに、美しい天使が含みのある笑みを浮かべる。

 彼女と一緒にいる間に、少しずつ表情の変化にも気づけるようになっていた。


 目元を細めて楽しそうに笑う時は、いつも雪美を揶揄ってくるのだ。


 「……恥ずかしいから教えてあげない」

 「なにそれ、気になるんだけど」

 「いまは内緒」

 「いつか教えてくれるの?」

 「どうしよっかなぁ」


 嬉しさを滲ませながら笑う彼女に、そっとキスをする。

 何度しても飽きずに、同時に足りないと思ってしまう。


 想いが結ばれてから交わすキスは、あまりにも幸せ過ぎた。


 こんなに可愛くて綺麗な彼女が自分の恋人なんて、いまだに信じられない。

 本当に勇気を出して良かったと、彼女の熱を感じながらじんわりと考えていた。




 机を挟んで向かい側の椅子に座る、彼女の顔をジッと見つめる。

 ただ勉強をしているだけだというのに、可愛くて堪らないなんてあまりにも好きすぎるだろう。


 そう分かっているのに、日に日に増していく思いは一向に限度を迎えてくれないのだ。


 図書館で勉強中。黙々と勉強をする彼女の姿を見られるなら、幾らでも問題を解いてやろうと思えてしまう。


 何より、少しでも凪と一緒にいられるなら会う理由なんて何だっていいのだ。

 彼女とであれば、無言の時間もちっとも苦ではないのだから不思議だ。


 「見過ぎ」

 「あ…ごめん」

 「勉強ちゃんとして」


 言われた通り、視線を参考書へと移す。

 今度こそ真面目にやろうと気を持ちなしていれば、太ももの裏側を焦ったい感触でなぞられる。


 驚いて視線を下げれば、靴を脱いだ黒色のソックスを履いた足が、雪美の太ももをいやらしく撫で上げていた。


 つま先でなぞられて、くすぐったさで思わず肩を跳ねさせてしまう。


 「何してんの、ここ図書館……」

 「何のこと?」


 素知らぬ顔で、何ともそっけなく答えられる。

 本当にこの子は人を揶揄うのが好きで、いまも戸惑う雪美を見て楽しんでいるのだろう。


 だったらこちらもやり返してやろうと、シャープペンシルを握っていた彼女の手をギュッと掴む。


 指を絡めた恋人繋ぎにして、誰も見ていない事を確認してから手の甲にキスをした。


 赤色の色付きリップを付けていたせいで、天使の手には赤い印が付いてしまっている。


 「……ッ」

 「これくらいで赤くなるくせに」

  

 今度は雪美が揶揄ってやれば、不服そうに唇を尖らせている。


 相変わらず揶揄い合ってばかりいるけれど、そこに愛があると分かるだけで幸せが何倍にも膨らむのだ。


 恋人として、これから先も一緒にいられる未来をつい想像してしまう。

 年を重ねて、幾つになっても凪の隣にいたいのだ。


 「……卒業したら、旅行とか行きたいね」

 「部屋はダブルベット?」

 「凪はすぐそういうこと言う」


 何気ない凪の言葉が、やけに耳に残っていた。

 二人は付き合っていて、来年には高校を卒業するのだ。

 誕生日は迎えているため、世間的に言えば新成人の年でもある。


 チラリと、僅かに耳を桃色に染めた凪を盗み見る。


 いずれは2人も体を重ねる日が来るのだろうか。

 いつか見た夢の続きを、現実で迎えることが出来たとしたら、一体どれだけ幸せだろう。


 「……ッ」


 じんわりと羞恥心が込み上げて、慌てて意識を逸らす。


 凪は雪美と体を重ね合う覚悟が出来ているのだろうか。同じように、肌を触れさせ合いたいと思ってくれているのだろうか。


 

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