第23話
結局一晩経っても、彼女から返事はないまま。
教室に着いたら、まずは一番にあの子に話し掛けよう。
無視されてしまうかもしれないけれど、このまますれ違うのだけは絶対に嫌だ。
生まれて初めて誰かに恋をした。
些細なことに一喜一憂して、愛おしくて堪らないこの面倒くさい感情。
この恋心を、宙ぶらりんな状態にはさせたくない。
「あれ……」
教室までの階段を登る途中、前を歩く女子生徒の足取りがふらついていることに気づいた。
「……ッ」
斜め後ろに倒れ込んでくる一人の女子生徒。
巻き込まれると気づいた時には、すでに体に重い体重が乗っかって来ていた。
足を踏み外して、倒れた女子生徒と共に階段の一番下まで駆け落ちる。
疎い痛みが体に走って、足首に負荷が掛かるのを感じていた。
顔色は悪く、もしかしたら貧血を起こしてしまったのかもしれない。
「……先生!こっち来てください」
助けを呼ぶ男子生徒の声に、ワラワラと人が集まってくる。
幸い下段の辺りで巻き込まれたため、あまり大きな怪我はしていない。
倒れた女子生徒も、雪美がクッションになって出血などはしていないようだった。
頭なども打っていないため、恐らくどちらも大事には至っていないだろう。しかし倒れた女子生徒は意識を失っているため、どんどん人が集まってきてしまう。
「大丈夫?」
「平気……痛っ」
立ち上がろうとすれば、ズキンと嫌な痛みが足首に走る。骨折ではないだろうが、軽く捻ってしまったのかもしれない。
騒ぎを聞きつけた男性教師によって、女子生徒が保健室へと運ばれていく。
雪美も念のためと、保健室へと連れて行かれて軽い処置を受けさせられていた。
薬品の香りが充満した室内で、ぼんやりと真っ白な天井を見つめていた。
自宅のベッドとは違う安っぽいスプリングに、先ほどから寝心地が悪くて仕方ない。
倒れた女子生徒は念のために保険医と共に病院へ連れて行かれて、残された雪美は保険医が戻ってくるまで待機するように言われたのだ。
軽い捻挫なため、冷やしておけば恐らく問題はないだろう。
体調自体は問題ないため、誰もいない保健室でサボっている気分だった。
とりあえず氷で冷やしておけと保冷剤を渡されたが、寒くて仕方ない。
こんな季節に保冷剤を肌に当てないといけないなんて、まるで罰ゲームのようだ。
「……暇だなあ」
ジッと保険医の帰りを待っていれば、入り口の扉がガラリと開く音がする。
ようやく戻って来たかと起き上がれば、ベッドを囲っていたカーテンが同時に開いた。
「え……」
そこに立っていた予想外の人物に、思わず呆然としてしまう。
「凪……?」
キツくキュッと下唇を噛み締めた後、彼女は勢いよく雪美に抱きついて来たのだ。
僅かに震える体に、必死に感情を堪えているのが伝わってくる。
「……ッぅ、ひっく…」
あまりにもか細い泣き声。
あの天使が泣いている。
いつも真顔で、周囲から感情がなさそうだと言われていた彼女が、雪美に抱きついて苦しげに涙を流しているのだ。
声を震わせながら、凪は少しずつ言葉を溢していた。
「救急車来てたから…病院行ったかと思った」
「貧血の子はね…私はただの捻挫で…凪こそ何しに来たの」
「サボろうと思った…心配で授業受ける気にならなくて」
雪美の容態が心配で、彼女は涙を流していたのだ。
その事実が嬉しくて、そっと凪の髪に触れる。
綺麗でさらさらとした髪を撫でながら、彼女愛用の甘い石鹸のような香りに癒されていた。
「……凪、絵描くの嫌いなんだってね」
分かりやすく、凪がビクッと体を跳ねさせる。
彼女が逃げないように、背中に回していた腕の力を強めた。
ずっと気になっていた事を、とうとう言葉にする。
不思議と勇気が込み上げて来たのだ。
「……どうして嘘ついたの」
「それは……」
「私、期待してもいい?」
「え……」
心臓が少しずつ早く鳴って、気づけば煩いくらいに高鳴っていた。
怖くて、緊張するけれどそれでも勇気を出したのは彼女との幸せな未来を願ったからだ。
「……同じ気持ちなんだって、嬉しくなった……凪が私のこと好きになる可能性1%はあるって思っていい?」
もっとシンプルな告白の仕方があっただろうに、何とも周りくどい物言いをしてしまった。
それでも凪には十分に伝わったようで、コクンと首を縦に振ってくれる。
今すぐにでも泣き出してしまいたい程、幸せな気持ちが流れ込んできた。
「……ありえないって思ってた」
「どういうこと…?」
「雪美は人気者だから……暗くて、喋んない私のことなんてどうでも良いって…」
こんなに見た目も性格も可愛らしいというのに、あまりの自信のなさに笑ってしまう。
凪ほど素敵な女性から好意を抱かれて、首を縦に振らない人なんていないだろうに。
「凪は可愛いよ」
「雪美の方が可愛い」
「それはない。天使って呼ばれてるのに」
「私は天使じゃない……」
顔を彼女の方へ向ければ、触れるだけのキスをされる。
至近距離で凪の顔を見つめると、愛おしさが込み上げすぎて胸が苦しくなるのだ。
「雪美は私のこと天使って呼ばないで」
「……じゃあ、凪は私にとって何なの」
「恋人でいいじゃん」
そっとベッドに押し倒されて、薬品と石鹸の香りに包まれながらキスをする。
皆んなが授業中の中、こっそりと保健室でしたキス。
背徳感とようやく結ばれた幸福感から、今までで一番胸がドキドキしてしまっていた。
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