第18話
出会ったのは3年前のはずなのに、どうして2年半もの間彼女と一言も喋らずにいたのだろう。
きっと機会があれば、もっと早く仲良くなれたはずだ。
そうすれば互いの高校生活はもっと良いものになったはずなのに。
名残惜しさがあるせいか、気づけば未来の話を口走っていた。
これから先も一緒にいたくて、つい遠い未来を語りたくなってしまったのだ。
「春になったら、一緒にお花見行こうよ」
「行きたい!可愛くて甘いスイーツいっぱい買って行こう」
「いいね。GWは一緒にフェス行きたい」
「フェス…雪美が行きたいなら頑張るよ」
一緒にいると明るく会話をしているため忘れがちだが、彼女は普段社交性ゼロの一匹狼。
少し癖のある言い方をすれば、インキャなのだ。
そんな彼女を安心させるように、ギュッと手を握る。
「一番後ろでゆっくりみれば平気だよ」
フェスやライブに行く時は、なるべく前の方へ行きたいと思っていた。バンドのすぐそばで生の演奏を聴くことが、一番価値のあることだと思っていたのに。
彼女とであれば、最後尾からでも十分楽しめる気がしてならないのだ。
「夏になったら海行きたいね」
「海……国内の海は汚いから嫌だなあ」
「沖縄とかは綺麗じゃん」
「……行くなら海外が良いよ。モルディヴとか」
「遠いから絶対行けないやつじゃん、それ」
「……二人で一緒にお金貯めようよ」
一体いくらになるのか、高校生の雪美には想像がつかない。
簡単に稼げる額ではないかもしれないが、凪と旅行が出来るのであれば頑張って貯めたくなってしまう。
二人でお金を貯めて海外旅行に行くなんて、本当にカップルのようだ。
どんどん我儘になってきている。
遠い先の未来の彼女にまで約束を取り付けたくなってしまうなんて、欲望は収まることなく更に強くなってしまっているのだ。
カフェのすぐ近くにあった雑貨屋へ、帰りがけに凪と共に足を運んでいた。
文房具を買いたいらしく、戸棚をジッと見つめながら悩み込んでしまっている。
「シャーペン壊れちゃったから、新しいの買いたくて」
「これは?」
「描きやすいやつが良くて…おすすめとかある?」
普段拘りなく使用しているため、指さしたのは雪美が使っているものと同じシャープペンシル。
自分が知っている中で一番描き心地は良いが、知らないだけでもっと良い製品は他にあるのかもしれない。
「私これ使ってる。けど書きやすさだともっと他のやつの方が……」
「これにする」
「え、でも……」
「雪美とお揃いがいい」
何気ない彼女の言葉が、胸を擽ったくさせる。
色は数色あるというのに、偶然にも雪美と同じ色を彼女は選んでいた。
きっと勉強する時にシャープペンシルを使うたび、彼女のことを思い出してしまうだろう。
真っ直ぐへレジへは向かわずに、可愛らしいストラップコーナーへと寄り道をしていた。
「これ、買ってあげる」
「自分で買うのに…じゃあ、私が凪の分買ってあげるよ」
結局、全く同じキャラクターのストラップをお互いのために購入し合っていた。
小さな紙袋に仕舞われたそれを、バス停へ向かう途中で彼女に渡す。
凪からも同じものを渡されて、全く同じ商品を互いのために購入し合うなんて変な感じがした。
うさぎのマスコットのキーホルダーは、黒目がちで何とも可愛らしい。
「可愛ねこれ、流行ってる?」
「いや、初めて見たからたぶんあのお店のオリジナルキャラクターかな」
「そっか」
そっと手にしていたキーホルダーを取られて、彼女の分のうさぎのキーホルダーに近づけられる。
まるでキスさせるように、二つの顔をくっつけ合っていた。
「なにしてんの」
「チューさせた」
雪美の分のキーホルダーに、凪がチュッと口付ける。
どこか得意げな表情で返されたキーホルダーを、何とも言えない気持ちで受け取っていた。
「寂しくなったらこの子にキスしてね」
本当に少しでも気を抜いたら、この子に揶揄われてばかりいる。だけど凪相手であれば、それでも構わないと。
彼女の側にいられるなら、何だっていいような気がした。
「凪がいるから必要ないし」
半分冗談で、残りの半分は本気だった。
彼女がこの言葉をどう受け取ったのかは定かではない。
「私の唇は雪美専用だからね」
半歩前を歩いていた彼女が振り返って、楽しそうに微笑んでいる。
冬を間近に控えているせいで、まだ18時だというのに辺りはすっかり暗くなっていた。
街頭や車のライトでキラキラと照らされた彼女を、ジッと見つめる。
可愛い。
愛おしい。
守りたい。
ブワッと胸に流れ込んできた感情。
これは間違いなく、友情の域を越えているような気がした。
バス停で待っている間、辺りには誰もいない。
うさぎのキーホルダーをぼんやりと眺めていれば、彼女がポツリと声を漏らす。
「……私、雪美とだったら国内の海に行ってもいいかな」
「本当?どしたの急に」
「なんとなく…そう思ったの」
伏し目がちの姿も美しくて、気づけば思ったままに言葉を口にしていた。
特段素直な性格ではないはずなのに、彼女相手だと饒舌になってしまう。
「……やっぱり凪は綺麗だね」
照れ臭そうにはにかんだ後、褒め言葉へお礼をするようにキスをされる。
触れるだけのキスを、きっと今晩寝る時に思い出すのだ。
「……おやすみなさい」
ふわりと一瞬触れただけ。
バスに乗り込む背中を見送ってから、発進したのと同時にその場にしゃがみ込んでいた。
可愛くて、愛おしくて。
彼女を自分のものにしたい。
ここまで来ると認めざるを得ない。
友情にしては執着心が過ぎていて、他人と呼ぶには近すぎる。
同性に対して、本来であったら抱かないはずのこの淡い想い。
彼女に抱くこの感情は、間違いなく恋心だ。
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