第19話
ようやく参考書の最後のページまで解き終えて、解放感と共に机の上に突っ伏してしまう。
1時間ほど休憩もせずにひたすら問題を解いていたせいで、肩はすっかり凝り固まってしまっていた。
のそのそと起き上がってカフェラテを飲んでいれば、向かいに座っていた花平甲斐が労りの言葉をかけてくれる。
「お疲れ」
同じ受験生だからこそ、互いの気持ちがよく分かるのだろう。
お互い時間があると、こうして集まって勉強会をすることもしばしばだった。
「最近どう?勉強」
「勉強は平気。たぶん第一志望いけると思う」
「流石だなー…あの子は?友達以上恋人未満の子」
彼に相談を聞いてもらっておかげで、自分の気持ちに気付くことができたのだ。
性別のことは伏せながら、ありのままの自分の思いを伝える。
「好きだと思う。好き以外、この気持ち表せない」
「だろうな」
「けど、どうしたら良いか分かんなくて…」
向こうも百合好きとはいえ、同性愛者である確証はない。
初恋もまだだと言っていた人間界に降り立った天使が、誰かと恋をする姿だって想像できない。
アプローチしたいけれど、一体何から始めれば良いか分からなかった。
そもそも、雪美だって恋愛経験はないのだから分からなくて当然なのだ。
「初めて人を好きになったから、どうやってアタックすれば良いのか分かんない」
「なに言ってんの」
冗談だと思っているのか、ヘラヘラと聞き流している。
「……いや、マジなんだけど」
恥を忍んで正直に伝えれば、一瞬だけ真顔になった後唖然とした表情を浮かべていた。
予想外すぎたのか、信じられないとばかりに目を見開いている。
「嘘つくなって」
「マジ」
「はあ!?雪美が!?」
一体人のことを何だと思っているのか、あまりの驚きぶりに戸惑ってしまう。
「てっきり元カレ5人くらいはいると思ってた」
「偏見じゃん、それ」
「ごめん…けど、初恋かあ」
生まれて18年で初めて抱いた感情。
世間的には遅いかもしれないけれど、たしかに芽生えたこの感情を、大切にしたいのだ。
「向こうはどんな感じなの」
「キスはさせてくれる」
「それもう両思いじゃね?」
「やっぱり……?」
薄々雪美も感じていたこと。
幾ら百合漫画を描く趣味があったとしても、そのために同性とのキスを簡単に許すだろうか。
数え切れないほどキスをしてくれたら、少しくらいは気があるのでないかと期待してしまうだろう。
しかし同性と異性ではまた別の価値観があるのだろうかと、確信することができずにいた。
脈はゼロではないと期待したいが、そうではなかった時を考えて胸がキュッと痛むのだ。
「恋って難しいね」
少女漫画や百合漫画のように、もっと単純なことかと思っていた。
しかし実際は何とも神経をすり減るもので、恋をすると些細な事でも気になってしまう。
相手は自分をどう思っているのか。
どうしてパーソナルスペースに入れてくれるのか。
今日は返事が遅かったけれど、何をしていたのか。
些細なことを気にして、考えて不安になって。
だけど同じくらい期待して、相手の言動に一喜一憂してしまう。
「まあ、そんなに真剣に人を好きになれるってだけで十分幸せだとは思うけどな」
「なにそれ、花平のくせに大人じゃん」
「馬鹿にしてんだろ」
男子校とはいえ、彼レベルのイケメンだとそこそこ恋愛経験もあるのだろう。
どこか腑に落ちる言葉を渡されて、それがゆっくりと心に染み渡っていく。
「……好きとか嫌いって、嘘つけるものじゃないからな」
「そういうもの?」
「たぶん……表面上は取り繕えても、自分の心までは操作できない。だから、誰かに執着できるって本当に奇跡みたいなものだと思うよ」
この恋がうまくいく保証なんてどこにもないけれど、もし最悪の結果を迎えたとしても、恋心までもが無駄になるわけではない。
沢山の人の中から彼女を見つけて、ゆっくりと恋に落ちた奇跡のような出来事を、せめて自分だけは大切にしてあげようと、彼のおかげで改めてそう思えていた。
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