第16話
ベッドのすぐそばに椅子を置いて、横たわる彼女の隣に腰を掛けていた。
顔色は良く、先程の女性の言う通り熱は下がっているのだろう。
しかし完璧美少女の少しだけ隙のある姿に、新鮮さを感じていた。
相変わらずお見舞いの品として持ってきたミネラルウォーターとプリンには手を付けておらず、大切そうにギュッと抱え込んでいる。
「どうして来てくれたの?」
「お父さんいないんだったら、一人で大変かなって」
「大丈夫だよ。紗南ちゃん来てくれてたし」
先程部屋に入る時も、凪は雪美を紗南という女性だと勘違いしていた。
寝込んでいる時に看病に来てくれる、年上の綺麗な女性。
一体どんな関係なのだと、気にならない方がおかしいだろう。
以前凪が他の誰かと付き合っているところを想像したばかりのせいか、余計に気になっているのかもしれない。
「来海は……ああいう人が好きなの?」
「え……」
「ああいう、綺麗なお姉さんタイプが好きなのかって聞いてんの」
勇気を出して尋ねたというのに、凪は一瞬ポカンとした後おかしそうに笑い出してしまう。
そしていつも通り、こちらを揶揄ってくるのだ。
「どういう関係か気になるの?」
「だって…お見舞いに来てくれるような関係なんでしょ。あんなに綺麗な人が……」
「キスしたよ」
彼女の言葉が信じられず、見るからに狼狽えている自信があった。
凪が雪美以外の人とキスをした。
腹の奥底から醜い感情が込み上げてきて、曇った瞳で彼女を見つめてしまう。
「は…?」
「嘘」
「嘘って……なんでそんな嘘つくの」
本気で信じて、一気に絶望の淵まで突き落とされたのだ。
タチの悪い嘘にいじければ、そっと体を引き寄せられる。熱があるせいか、彼女の体はいつもより熱く感じた。
「……従姉妹だよ、紗南ちゃんは」
「……ッだったら最初からそう言ってくれたらいいのに」
「ごめんね、ちょっとからかいたくなっちゃって」
悔しいけど、雪美はいつも手のひらで転がされてばかりだ。
思い通りの反応が楽しいのか、何かを試そうとしているのか。
凪はいつもこちらを翻弄して、それにまんまと乗せられてしまうのだ。
「紗南ちゃんは恋人いるし、私も紗南ちゃんの事はお姉ちゃんみたいで…それ以上は何とも思わない」
「なんかごめん、勘違いして……」
「どうして?嬉しかったよ」
肩に乗っていた顔が、そっと耳たぶに近づいてくる。優しく吐息が触れてからすぐに、耳を甘噛みされていた。
痛みはなく、あむあむと噛まれるたびに背筋がゾクゾクする。
凪と体を密着していると、次第に心が安らいでいく。
触れるだけで愛おしくて、姿を見るだけで安心するのだ。
相変わらずギュッと体を抱きしめ合いながら、耳元で彼女が囁いた。
「上村さんが嫉妬してくれたみたいで、なんか嬉しかった」
唇にはキスはせず、今度は頬に口づけをされた。
以前だったらきっと、このまま深いキスをする流れだっただろうに。
残念そうに、凪がその理由を教えてくれる。
「……あーあ、風邪ひいてなければ口にキスするのになあ」
雪美とキスをしたくないわけではない。
同じ気持ちで、キスをしない理由がそんなことならば。
背中に回していた腕を解いて、体温の熱い彼女の頬に触れる。
ゆっくりと顔を近づけて、少しずつ慣れ始めたキスを落としていた。
病人に無理をさせるわけにはいかないため、ただふんわりと触れるだけのキス。
「風邪うつっちゃう…」
「いいよ、来海だったら」
「なんかバカップルみたい」
恥ずかしそうにはにかむ凪が可愛くて、ずっと見ていたい衝動に駆られる。
このまま瞳の奥底にまで焼き付けたくて、気づけばベッドに押し倒してしまっていた。
「……え」
戸惑いと恥じらいを滲ませながら、凪が声を溢す。
再びキスを落としても、当然のように受け入れてもらえる。
これでは何かを勘違いしてしまいそうだ。
あの日見た夢のように、ベッドに横たわりながら彼女とキスを交わす。
そっと舌で唇の割れ目をなぞれば、受け入れるように小さく口を開いてくれた。
「……ッ、んぅ」
小さく漏れる彼女の声に、欲情している自分がいた。
もっと聞きたいと、その一心でさらに舌の動きを激しくしてしまう。
「来海……ッ」
唇を離せば、そっと右手を彼女に掴まれる。
そのまま導かれたのは、凪の胸の間。
グッと押し当てられれば、信じられないくらい彼女の胸が早く高鳴っているのが伝わってきた。
「……めちゃくちゃドキドキ言ってる」
それは雪美だって同じだった。
凪も同じように、雪美との交わりに興奮してくれているのだろうか。
無意識にもう片方の手が彼女の服に伸びて、慌てて我に帰る。
「……ッ」
一体何をしていたのだろう。
付き合ってもいない、同性のクラスメイトの服を脱がそうとしたなんて、間違いなく一線を越えている。
友人に抱くはずのない劣情を、彼女に抱いてしまったのだ。
そこから目を背けるように、そそくさとベッドから立ち上がっていた。
「……じゃ、じゃあもう帰るから」
「…明日は学校行けると思う」
「そっか…じゃあ、またね」
足をもつれさせながらベッドから降りて、慌てて彼女の部屋を出る。
あのまま理性を取り戻さなければ何をしていたのだろう。
現実の彼女相手に、夢の続きをしようとしていた。
邪な欲望を、そのまま綺麗な天使にぶつけようとしていたのだ。
「何してんだろう……」
熟れたリンゴのように、頬が赤らんでいる自信がある。
少しずつ芽生え始めたそれはあまりにも大きくなりすぎて、もう目が逸らせない所まで来てしまっている。
どれだけ雪美が否定しても、所詮は言い訳のようにしか聞こえないのだ。
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