第14話


 散々勉強をして、痛くなり始めた頭を押さえながら一人で帰路につく。

 学校のない休みにまで勉強をする生活にも、気づけば慣れ始めてしまっていた。


 予備校から駅への帰り道をぼんやりと歩いていれば、背後からトントンと肩を叩かれる。


 振り返れば、すっかりと見慣れた彼の顔がそこにはあった。


 花平甲斐は相変わらず女子に好かれそうな男前で、彼と歩いていると道ゆく女性の視線が痛いのだ。


 「何仏頂面してんの」

 「そんな変な顔してた?」

 「眉間に皺寄ってる」


 高身長な爽やかイケメンが、目の前でにこやかに微笑んでも何も胸がときめかない。

 最近の雪美の心を支配しているのは、受験と来海凪だ。


 ジッと甲斐を眺めても、とてもじゃないがキュンと胸が弾む気配はない。

 このイケメンを前にしても、ちっとも心が揺れ動かないなんて、年頃の女子高校生としては何かがおかしいのだろうか。


 それよりも思い浮かぶのは来海凪のことで、予備校で勉強中も彼女が何をしているか気になって仕方がなかった。


 「模試の結果良くなかった?」

 「かなり良かった」

 「いいなー…じゃあ何に悩んでんの」


 今まで友達には恋愛話なんてしたことがないため、素直に相談することが出来なかった。

 しかし付き合いが浅く、他校生の彼であれば構わないかと思ったのだ。


 知り合いに恋で悩んでいると知られることもなく、上手くいけば良いアドバイスも貰えるかもしれない。


 勇気を出して、ぽつりぽつりと打ち明け始める。


 「なんか、最近一人の子と距離が近いっていうか…友達でもないのに恋人っぽい雰囲気…みたいな」

 「なに?付き合いたいの?はっきり言ってやればいいのに」

 「そういうわけじゃない!」


 咄嗟に言い返してしまったけれど、心のどこかで気持ちは揺れ動いていた。

 女の子にそんな感情を抱くはずがないと思いながら、どうしてかキッパリと否定することができない。


 だからこんなにも思い悩んでいる。


 「逆に想像してみれば」

 「どういうこと」

 「そいつが他の女子と付き合ったりキスしてる所想像して、どう思うのか」


 思わず、ピタリとその場で立ち止まってしまう。

 社交性がないインキャのあの子に限ってそれはないとは思うが、その気になればいくらでも恋人の一つや二つ作れるだろう。


 愛らしい彼女に微笑まれれば、老若男女問わずコロリと落ちてしまうはずだ。


 「来海に恋人……?」


 あの子が他の誰かと手を繋いで、雪美とするようにキスをする姿なんて想像がつかない。


 夢で見たあの時のように、下着姿で他の誰かとベッドで寝転ぶシーンなんて、考えたくもなかった。


 「……ッ」

 「いや例え話なんだからそんな顔色悪くすんなって」


 たかが妄想で、ダメージを受けてしまうなんて馬鹿げている。

 だけどもしもを想像するだけで、こんなにも胸が苦しくて痛むのは確かなのだ。




 嫌な想像をしてしまったせいで、どこかソワソワと落ち着かない。明日学校で会えると言うのに、悩んだ末にメッセージを送ってしまっていた。


 『何してんの?』とシンプルな疑問文。

 どうせすぐにペンギンの可愛らしいスタンプが送られてくると思ったのに、一向に返事がない。


 「……こない」


 1時間が経過して、2時間が経っても彼女から返事が来ない。

 誰かからの連絡を待ち侘びて、こんなにソワソワしてしまうのは生まれて初めてだ。


 「……こんな気持ちだったんだ」


 どうして以前、凪が既読無視にあんなにも拗ねていたのか。

 あの時はたかが既読無視で、と思っていたが今なら気持ちがわかる。


 まだかと待ち侘びて、他の人から連絡がくるとあの子かもしれないと期待してしまう。


 違えば勝手に落胆して、また彼女からの連絡を待ち続けてしまうのだ。

 

 送信取り消しをしようかと考え始めた頃、ようやく彼女から返事がくる。


 『ごめん、寝てた。何か用事あった?』

 という文章と共に、彼女のお気に入りであるペンギンのスタンプが送られてきた。


 無視されていたわけではないと分かってホッとしながら、たったこれだけの文章に幸福感に駆られている自分がいる。


 彼女からのメッセージに、こんなにも喜んでしまっているのだ。


 「……やっぱりなんか、私おかしいよ」


 あの子の顔を思い浮かべるだけで、胸がふわふわして落ち着かない。


 一体どうしてしまったのだろうか。これではまるで、百合漫画に出てくる、恋する主人公のようだ。

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