第13話



 いつにも増して賑やかな周囲。

 誰とも群れない天使が突然人間の一人を呼び出して連れ出したのだから、皆気になって仕方がないのだろう。


 来海凪が無愛想だから遠巻きに見ているが、本当は彼女が何を考えているのか知りたい生徒は多いのかもしれない。


 授業合間の休み時間にて、当然のように友人らから質問攻めを受けていた。


 「ねえ、来海ちゃんと仲良かったの?」

 「どういう関係?」


 次々と投げかけられる言葉を無視して、真っ直ぐと話題の中心にいるあの子の元へ向かっていた。


 素知らぬ顔でお弁当箱を開こうとしている凪の前で立ち止まれば、驚いたような顔をしている。


 彼女がいつもぼっち飯をしていることは知っているのだ。


 「行こう」

 「え……」

 「お昼一緒に食べようって約束してたじゃん」


 さっきとは真逆で、雪美が凪を連れ出した。

 彼女の手を取って、再びザワザワし出す教室を凪と共に出る。


 悩んだ末に、向かった先は屋上へ向かう階段だった。

 普段鍵がかかっている屋上へは出られたいなため、人の往来がなく穴場なのだ。

 彼女は目立つ為、隠れられる場所が良いと思って選んでいた。


 勿論、お昼を共にする約束なんてしていない。

 散々彼女に翻弄されて、雪美も何か仕返しがしたくなったのかもしれない。


 「約束なんかしてないけど」

 「いいじゃん、ご飯くらい一緒に食べようよ」


 それ以上詰め寄ってくることもなく、すんなりと雪美の隣に腰を下ろしてくれる。


 手を合わせてからお弁当箱を開けば、興味津々と言った様子でこちらの中身を覗き込んできた。


 「それ、上村さんのお母さんが作ったの?」

 「私が作った」

 「え……!?」


 昨晩のお弁当のおかずや、冷凍食品も使っているため全て朝に手作りをしたわけではない。

 それでも彼女にとっては凄いことなのか、感心したようにマジマジと見られていた。


 「料理上手なんだ……」

 「普通だって。来海のそれは?」

 「ハウスキーパーの人が作り置きしてくれたおかず詰めた」


 そういえば以前、彼女は家事を何もしないと言っていた。

 お姫様扱いで、何もしなくて良いと言われていると。


 「家事しないと一人暮らしした時大変じゃない?」

 「……そしたら上村さんが作ってよ」

 「いいよ。一緒に住もっか」


 朝に散々翻弄されたから、少し揶揄うつもりだった。

 馬鹿じゃないのと呆れられるか、冗談に乗っかってくるかと思ったのに、何故か凪は黙りこくってしまう。


 「来海?」

 「……一緒に住んでくれるの?」

 「え……」

 「それって同棲じゃない?」


 恥じらうように上目遣いで見つめられて、ジワジワと頬が赤らみ始める。

 何となく言ったつもりだったのに、まさかそんな風に捉えられるとは思わなかった。


 同棲なんて、まるで付き合っている2人がする約束だ。


 頬を赤く染めたこちらを見て、凪がしてやったりの笑みを浮かべる。


 「上村さんちょろいね。ちょろ村さんじゃん」

 「……ほんっとう可愛くない」


 本当にこの子には翻弄されてばかりいる。


 最近は慣れてきたけれど、まさか天使がこんなに冗談を言う女の子だったとは思いもしなかった。


 気を取り直そうとお弁当を食べ始めれば、ぽつりと凪が声を漏らす。


 「……私、大学生になったら一人暮らししようと思ってるの」

 「東京出るの?」

 「そうじゃなくて……パパもそれで良いって言ってるから、ひとり立ちの練習しようかなって」


 お弁当箱の上に箸を置いて、ゴクンと一度飲み込んでから彼女がこちらに向き直る。


 一口が小さいのか、お弁当の中身はあまり減っていなかった。


 「そしたら、上村さんも遊びに来てくれる?」


 ここでまた恥じらえば、彼女の思う壺だろう。

 その手には乗らないと、更に煽るような言葉を口にした。


 「なんなら住み着こうかな」

 「いいよ」

 「まじで言ってる?ベッドは一緒じゃなきゃ嫌だからね」

 「こっちのセリフ」


 さっさと「馬鹿じゃないの」と言ってくれれば、こちらもあっさりと引き下がるというのに。


 どんどん冗談に乗っかってくるから、こちらも引き際が分からない。


 「私恋人とは毎日キスしたいタイプだし」

 「わたしはずっとくっついてたい」

 「けど時々一人の時間も欲しいっていうか……」

 「だったら上村さんがリフレッシュ出来るまでジッと待ってる」


 まるで本当に、彼女との遠い未来を語っているような気分になる。

 高校を卒業して、そこで終わりの縁だと思っていたと言うのに、遥かその先を想像できてしまうのだから不思議だ。


 「……来海いつまで冗談言って……」


 どうせまた、揚々とした態度でこちらを揶揄っていると思っていたのに。

 隣にいる彼女は、恥ずかしそうに真っ赤に頬を染め上げていたのだ。


 一体いつから、彼女は恥じらっていたのだろう。

 こんなことなら向かい合って食べれば良かったと、今更なことを考えていた。


 「えっと……」

 

 目を合わせようとすれば、恥ずかしそうに逸らされてしまう。


 これは揶揄っているのではなくて、間違いなく本気で照れている。


 「顔赤いよ」

 「上村さんも赤い」

 「……来海のほうが赤いって」


 それから、暫くの沈黙が続く。

 勇気を出して顔を近づけてみれば、背けられなかった。


 鼻先が触れそうなくらいの近さから、更に唇がくっついてしまうほどの近さへと。

 それでも彼女は雪美を跳ね除けなかった。


 「……ッ」


 一瞬だけ、触れるだけのキス。

 さっと彼女から距離を取って、必死に平常心を保つフリをしていた。


 「……早く食べなきゃ、昼休み終わるよ」


 一体どの口が言うのだろうと、自分へツッコミを入れたくなる。

 彼女と同じくらい顔を赤くさせているくせに、何を格好つけているのか。

  

 先程までの饒舌が嘘のように、二人とも無言だった。

 だけど、その沈黙が嫌ではない。2人だけのゆったりとした時間に、居心地の良さすら感じ始めているのだ。

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