第11話


 初めての感情に、雪美はすっかりと心を掻き乱されていた。

 今まで友達は沢山いたけれど、誰かに対して性的な夢を見たのは初めてだったのだ。


 今夜もまた凪とのいやらしい夢を見てしまったらどうしようと、考えれば考える程目が覚めてくる。


 「……こんなの知られたら絶対引かれるよ」


 結局なかなか寝付くことが出来ずに、手持ち無沙汰に暗闇の中スマートフォンを弄りはじめる。


 新たにメッセージが入っていて、確認すれば雪美の心を支配する彼女からだった。


 『私、上村さんに何かした?』


 お気に入りだという、ペンギンのスタンプは送られてきていない。

 ただシンプルな疑問をぶつけて来られても、何と返せば良いか分からない。


 何もしていない。していないからこそ、一方的に抱いてしまった何かに戸惑っているのだ。


 「……どうしよう」


 悩んでも上手い返事が思い浮かばず、結局既読をつけてから15分以上経過してしまっていた。


 一つ、大きなため息が溢れる。

 暗闇でスマートフォンを弄っていたせいで目も痛くなり始めて、そのまま枕元に放置してしまっていた。


 柔らかいベッドに横たわっていると、次第に睡魔に襲われ始める。

 そのまま意識を手放して、雪美は彼女に返事をすることなく夢の世界に羽ばたいてしまったのだ。





 夜更かしをしてしまったせいで、先程から何度も欠伸を噛み殺していた。

 学校へ来る前に購入したミルク多めのカフェオレを飲み込むが、一向に眠気も覚めそうにない。


 時間を有効活用しようと参考書と向き合っていれば、隣の席の女子生徒に声を掛けられる。


 「ねえ昨日送った動画見た?」

 「みた。あれなんの犬?」

 「なんだっけ、トイプーと何かのミックス……え、来海ちゃん……」


 騒がしかった教室が一気にシンと静まりかえって、皆の視線が注目しているのが分かる。


 天使は人間に何て話し掛けない。

 誰もがそう思い込んで、実際今まで来海凪が自ら声を掛ける姿なんて見たことがない。


 そんな美しい天使が、雪美のすぐ前に来て名前を呼んできたのだ。


 「上村さん」

 「なに……」

 「話がある」


 こちらの返事なんて聞かずに、力強く彼女が手を握ってそのまま歩き出してしまう。

 引きずられるように後をついて行きながら、何とか声を上げていた。


 普段とは違う声色には、確かに不機嫌さが滲んでいるのだ。


 「ちょっと……」

 「いいから」


 有無を言わせぬ態度に、何も言えなくなってしまう。

 イレギュラーな光景に、静まり返った教室が少しずつザワザワし始める。


 「雪美何したの…?」


 誰かが呟いた言葉に、こっちが聞きたいと心の中で返事をする。

 痛いほどの視線を感じながら、凪と共に教室を後にした。

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