第9話
グレーのニットワンピースは、制服の何倍も彼女を大人っぽい雰囲気にしていた。
長い髪はコテで綺麗に巻かれていて、とても高校生には見えないくらいの色気を纏っているのだ。
貴重な休日に、どうしてか来海凪と共に巷で有名なケーキ屋へ足を運んでいた。
珈琲とケーキのセットを注文して、あまりの美味しさにおかわりをしてしまうほど。
クオリティの高い味に満足しながら、2人で店を出る。
「おいしかったね」
「珈琲もすごく美味しかったし、また来ようよ」
「いいよ」
次の約束までしてしまった。
昨夜突然誘われて、以前から行きたかったお店だったためすぐに二つ返事をしたけれど、これではまるで友達のようだ。
学校のない休みにこうして会っているということは、もう友達だと認識しても良いのだろうか。
しかし友達同士であれば、普通キスなんてしない。
以前この美少女と、雪美は確かにキスをしたのだ。
「……私この後クラスの友達と遊ぶけど、来海もくる?」
「いかない」
雪美には自ら遊ぼうと誘う癖に、他の人とはちっとも仲良くしようとしない。
社交性がゼロで、近寄ろうともしない彼女はどうして、雪美にだけは笑い掛けてくれるのだろうか。
「悪い子たちじゃないのに」
「興味ないもん」
ヒールを履いたスラッとした足が、ピタリと立ち止まる。
真っ直ぐとした瞳で、力強い声で言葉を続けていた。
「私は上村さんにしか興味ない」
「百合好き以外とも仲良くしなよ」
「……もうそれで良いよ。私、こっちだから」
コツコツとヒールを鳴らしながら去っていく彼女を見て、道ゆく人が振り返る。
学園だけでなく、街中でも彼女は美しすぎるあまり浮世離れしてしまう。
決して悪い子ではないと分かっているが、やはりあの子が何を考えているかよく分からないままだった。
受付で友人の名前を告げれば、すぐに部屋番号を教えてもらう。
ドリンクバーで炭酸飲料を注いでから、友人らが待つ26号室の扉を開いた。
丁度歌い終えた所のようで、その場にいた全員の視線が雪美に注がれる。
「雪美おそいよ」
入り口付近のソファに座りながら、謝りの言葉を入れる。
凪とお茶する時間が長引いてしまったため、約束の時刻に少し遅れてしまったのだ。
受験勉強のストレス発散のために歌おうと、クラスメイト数名とカラオケに集まっていた。
「雪美なにしてたん」
「ケーキ食べてた」
「デート?」
「違うよ」
素直に彼女の名前を教えたいとは思えなかった。
根掘り葉掘り聞かれることは目に見えていて、どんな関係だと聞かれれば答えられる自信がない。
学園の天使は誰も触れられない、ガラスケースに仕舞われた高級ジュエリーのような存在なのだ。
そんな彼女について、まだまだ知らないことは沢山あった。
「来海と同じ中学出身の子っているの?」
「あの子県外からでしょ?転校生だけど、タイミング的に入学と同時だったからあんま知られてないの」
また一つ、彼女について知る。
本当に知らないことばかりで、いかに今まで彼女と交わらずに生活していたかを痛感させられていた。
「雪美、最近来海ちゃんのことよく聞くよね」
「……まあ、あんな美人滅多にいないし」
「雪美も美人さんなのに。けど、うちらもあと半年で卒業かあ」
「その前に受験だけどね」
「やめてよ!今日は息抜きでしょ」
高校を卒業しても会おうと思えば会えるだろうけれど、こうして頻繁に集まることは難しくなるだろう。
それぞれ新しい環境で、新しい友人との生活が半年後には始まる。
一度も話したことがないクラスメイトなんて、それこそこれから先の人生で関わることもなかっただろうに。
本当だったら、凪とも卒業したらそれで終わりのはずだった。
二年半、一度もまともに会話をしたことがなかったのだ。
そのまま卒業するはずだったのに、まさか卒業の半年前にあの子と接点ができるなんて、人生とは何が起こるか分からない。
「……はぁ」
キスをしてもあの子はいつも通りで、こちらばかり意識させられているようで何だか悔しい。
雪美も気にしていないふりをしているが、やはり同性とキスをすれば心が掻き乱されてしまう。
驚くことにちっとも嫌ではなかったからこそ、こんなにも戸惑っている自分がいるのだ。
文房具コーナーでルーズリーフを手に取ってから、せっかくだからと百合漫画コーナーにも立ち寄っていた。
ご褒美があると頑張れる性格なため、模試の後はいつも百合漫画を買って帰るのだ。
「どれにしよう……」
欲しかった新刊は既に購入済みなため、今まで買ったことがなかった作家の本を手に取った。
百合漫画コーナーはBL漫画や少女漫画に比べればかなり規模が小さいため、そもそも悩む選択肢が少ないのだ。
ざっとあらすじを読んだところ、どうやら同級生ものらしい。
購入後早く読もうと急足で帰宅して、ベッドにごろんと寝転びながらシュリンク包装を剥がす。
改めてじっくりと表紙を眺めながら、ふとあることに気づいた。
「この美人、なんか来海みたい……」
表紙とあらすじが購入の決めてだったが、無意識に彼女に似た主人公に惹かれてしまったのだろうか。
パラパラと本を捲れば、刺激の強いシーンが視界に入って咄嗟に閉じてしまう。
「……ッ」
ザッと目を通しただけだが、半数以上は濡れ場のシーンだった。
未成年でも購入出来てしまうため、時々こういうことが起こりうるが性描写はあまり得意ではないのだ。
「……はずい」
ジワジワと羞恥心が込み上げて、どこか罪悪感に襲われる。
積極的に恋人に奉仕をしていた主人公が、凪にそっくりだったせいだ。
自然と天使のように愛らしいあの子を思い出して、そう言った行為と結びつけてしまった。
「……来海はこんなことしないし」
だけど彼女だって今年成人を迎える女性なのだから、いずれはそう言ったことをするのだろう。
攻められるのか、それとも大胆に攻めてくれるのか。
「……っ、何考えてんだろ」
同級生のそんな姿を想像するなんて、あまりにも失礼すぎる。
慌てて本棚の奥底に仕舞い込むが、恐らく見返すこともないだろう。
それからすぐに参考書を開くが、当然邪な考えが脳裏に浮かんでちっとも勉強に集中することが出来なかった。
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