第6話


 自分とは違う大きな背中を眺めながら、これからの展開を何となく予想していた。

 授業合間の昼休み休憩中、話があると言って隣のクラスの男子生徒に呼び出されたのだ。


 確か一年生の頃同じクラスで、何度か話したことがある生徒だった。


 呼び出された場所は裏庭で、振り返った彼は予想通りの言葉を口にする。


 「俺さ、上村のこと好きなんだけど」


 緊張したような顔立ちに、込み上げてくるのは罪悪感だった。

 申し訳ないことに、雪美は彼の名前すら覚えていない。


 どうすれば彼を傷つけずに済むか、考えた末に導き出した答えを渡す。


 「今は受験に集中したいから、恋愛するつもりない」

 「そっか……」

 「ごめん」


 キッパリとした返事に全てを察したのか、男子生徒はそれ以上何も言わずに裏庭を後にしていく。


 相手を傷つけないために思わせぶりな返事をする人もいるが、それは彼を縛り付ける事になる。


 前へ進むためには厳しい言葉を貰った方が相手のためになるはずだと、心を鬼にしたのだ。


 どっと疲れが押し寄せてきて、壁にもたれ掛かりながらため息を吐いた時だった。


 「なんで断ったの?」

 「うわ……来海」


 一体いつからそこにいたのか。

 木陰からひょこりとこちらに姿を表したのは、天使のように愛らしい来海凪だった。


 「何してんの……」

 「職員室にノート提出しに行ったら、見かけたから」

 「着いてきたわけ?」

 「気になったから」

 「ストーカー」


 ぶっきらぼうに返事をすれば、ちっとも悪びれた様子なくカラカラと笑っている。


 本当に彼女はこの顔じゃなかったら絶対に許されないことばかりだ。

 美人は得だとよく言うけれど、本当にその通りだと思ってしまう。


 「なんで断ったの?」

 「好きじゃない人と付き合わないし」

 「格好良かったのに」

 「来海はああいうのがタイプな訳?」


 少し揶揄ってみるが、凪は恥ずかしがることもなく可笑しそうに笑っていた。

 人間なんて好きになるはずがないだろうと、優雅な天使の笑みだ。


 「ないない」


 可愛らしい顔で無邪気に否定するから尚更残酷だ。知らぬ所で無し判定を貰った彼に、心の中で同情してしまう。


 「上村さんってモテるんだね」

 「普通でしょ。来海の方がモテそう」

 「私は告白されたことないよ」

 「はあ!?嘘つき」

 「本当だよ」


 真っ直ぐな瞳から、彼女が嘘をついているようにも見えなかった。

 そもそもモテる自慢をすることはあっても、モテない自慢をする人はいないだろう。


 他校でも噂されるほどの美女が、告白されたことがないなんてにわかに信じ難い。


 あまりに美しすぎるが故に、誰も近づくことが出来ないのかもしれない。


 「来海ってガラスケースで厳重に保管された宝石って感じだもんね」

 「え……」

 「誰もさわれない。手にしようものならアラートがなっちゃうみたいな…国宝レベルの綺麗な人」

 「そんなに私綺麗かな?」

 「綺麗だよ。お姫様とか天使とか言われてるの知らないの」


 褒め言葉に浮かれることなく、凪はサラリと受け流してしまう。

 半歩こちらに近づいた彼女は、何も言わずに雪美の手をギュッと握ってきた。


 「……じゃあお姫様っぽくないことしよう」

 「なにそれ」

 「サボろう」

 「はあ!?」


 戸惑うこちらなんてお構いなしに、凪がスタスタと歩き始める。

 手を握られている状態なため、釣られるように雪美も足を前に動かしていた。


 「学校サボるの、いまから」

 「何言って…そんなことしたら怒られるでしょ。優等生の来海が……」

 「私優等生じゃない。お姫様でも、天使でもないもん」


 勢いよく彼女が走り出して、爽やかな秋風が肌に触れる。

 少し息を乱しながら足を進める彼女の小さな背中を、ジッと見つめていた。


 異性に比べれば華奢で小さい彼女の背中に、付いて行きたくなってしまう。


 「これは脅しだよ、上村さん」

 「……足遅すぎてびっくりしてるんだけど」

 「え、今全速力で走ってるのに……」

 「早歩きかと思った」


 運動神経が良いと噂されていたが、どうやらただの噂だったらしい。


 ここまで美しく勉強が出来るのだから、何でも出来るだろうと先入観を持たれてしまったのだろう。


 少し走っただけで息を乱す凪の姿に、自然と笑みが溢れてしまう。


 「運動神経悪すぎ」


 揶揄うように言えば、今度は凪も恥ずかしそうにはにかんでいた。

 

 学園の天使が実は足がすごく遅くて、学校をサボると言うような反抗心もあって。

 おまけに楽しそうに人のことを脅すなんて、誰も信じやしないだろう。


 だけどそれでいい。

 こうやってどんどん、雪美しか知らない彼女が増えていけばいいのだ。

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