第5話
勉強がひと段落ついて、凝り固まった肩を解そうと大きく伸びをする。
受験生のため仕方がないが、基本は勉強漬けの生活なのだ。
百合漫画を読むことと友達と遊ぶことが勉強合間の息抜きだったが、更に百合好きの仲間まで出来てしまった。
勉強中に我慢していたスマートフォンを手に取れば、意気投合して話し込んでしまった彼女から連絡が入っていることに気づく。
『ちゃんとお家着いた?』というシンプルな連絡に、つい笑みを浮かべてしまう。
「彼氏かよ」
普通友達同士で帰宅の連絡なんてしないが、友達がいない凪は距離感がよく分かっていないのだろう。
そんな所も、不思議と可愛く思えてしまう。
着いたよ、と返事を返せばすぐに既読がついて、可愛らしいペンギンのキャラクタースタンプが送られてきた。
こういうゆるっとしたキャラクターも使うのかと、また一つ意外な一面を知る。
「……そういえば来海ってクラスのグループトークいないよね」
テスト前の日程連絡や、範囲なども送られてくるため何かと便利なのだ。
誘おうか?と凪に連絡を入れれば、即座に『NO!』とペンギンが嫌そうな顔をしているスタンプを返される。
「本当、社交性なさすぎ」
何となく、彼女はそう返すような気がしていた。
周囲のことなんてどうでも良いという顔で、人からどう思われようかちっとも気にしていない。
その自由奔放な様も、彼女の良さなのだ。
きっとクラスで彼女の連絡先を知っているのは雪美だけだろう。
「そのスタンプ好きなのかな……?」
気になって尋ねれば、シンプルに『好き』という2文字が。
今まで知らなかった天使の一面を知ることが、楽しく感じてしまっている。
ミステリアスなあの子の秘密を、誰も知らない顔を知っているのが自分だけだと思うと、不思議と特別感を抱いているのかもしれない。
週末は予備校に通っているため、遊ぶ時間は限られている。
受験まで残り半年の我慢であることは分かっているが、やはり気が滅入ってしまうのだ。
気分転換をしようと、予備校帰りに近くのカフェテリアへやって来ていた。
甘いキャラメルラテを飲みながらリラックスしようと思ったのに、気づけば参考書を眺めてしまう。
隙間時間があれば、勉強に充てたいと思ってしまうのだ。
ルーズリーフに解答を書き殴っていれば、テーブルを挟んだ向かいの椅子に誰かが腰を掛ける。
他にも席は空いているため、ナンパだろうかと顔をあげればそこには見知った顔があった。
「お姉さん1人?」
「隣にもう1人いるの見えない?」
「怖いこと言うなよ」
普段はクールなのに、笑うと目尻が下がる姿が可愛らしいと女子生徒が騒いでいるのを聞いたことがあるが、その良さはよく分からない。
もちろん格好いい部類に入ると理解はできるが、異性としての魅力を感じたことは一度もないのだ。
女子からチヤホヤと持て囃されている彼の名前は
予備校で仲良くなった同い年の男の子で、有名な私立男子校に通っている。
「勉強してんの?」
「受験まで時間ないし。てか邪魔すんなら帰って」
「聞きたいことあって」
一度ペンを置いて顔をあげれば、相変わらず無駄に良い顔が視界に入る。
「なに」
「雪美の通ってる高校に天使がいるってまじ?」
「まじ」
「死ぬほど可愛いんだろ?けど性格キツいから悪魔とも呼ばれてるって聞いたんだけど」
まさか、また別の異名があるとは思いもしなかった。
あれほど可愛らしい凪を悪魔と呼ぶなんて、間違いなく僻みや嫉妬だろう。
性格がキツいというよりは、社交性ゼロのインキャなのだ。
人と関わることが苦手だから、冷たく感じることもあるが、雪美が知っている彼女は明るく優しい女の子だ。
「性格はキツくない」
「けど死ぬほど塩対応らしいじゃん。どんな子なの」
興味津々といった様子で聞いてくる彼に、何と答えるか悩んでいた。
誤解を解いてあげるべきだと分かっているのに、どうしてか教えたくないと思ってしまう自分がいる。
「……さあね」
不思議と独占したくなってしまった。
簡単に人に教えたくない。
あの子の無邪気さを、屈託のない笑みを。
ほいほいと簡単に他人に教えてやりたくないと思ってしまったのだ。
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