第4話「俺、迷走」
インターの料金所付近では検問渋滞が起き、すでに30台ほど並んでいる。
Uターンしようか?だめだ、後続車が連なっている!
徐々に順番が迫って来る。あと5台だ。
自分でも顔が青ざめ、心臓がバクバクするのが判る。
よく考えろ!後ろにはセレブ妻が座っているのだから、あれは死体ではなくうたた寝していただけなのだ。
だけどもしセレブ妻が双子で、その片方が死体となって乗っているとしたら…トランクだけは絶対開けられない。
目の前の車が白バイ警官に囲まれている、次は自分の番だ!ハンドルを持つ手は汗でぐっしょり、額からは大粒の汗がポタリと垂れる。
「落ち着きなさい!挙動不審すぎる」と後ろの女に言われハッと我に返る。
「免許証拝見します。大丈夫ですか?顔色悪いですよ」と警官が窓越しに微笑みかけてきた。
免許を渡すと別の警官が照会し始める。
警官はうしろの女をちらっと見ると「旅行ですか?」と次の質問が来た。
なんて答えればいい?親子には見えないし、恋人同士という雰囲気でもない。
「彼は運転代行です。静養のため別荘まで」とセレブ妻がナイスフォロー!
「実は近くで強盗事件がありまして、念のため後ろのトランク開けてもらえますか?」
怖れていた一言が!と同時に辰ジィの「素直に自主しろ、今なら何も知りませんでしたで済む」と聞こえたような気が…。
震える手で足元のレバーを引くと後方でカチッと音がした。
「それ、給油口です」と親切に給油口を閉める警官。
一旦降りて鍵で開けることにした。
「最悪、このまま走って逃げろ」とトミーからの秘策の声も聞こえた気がした。
覚悟を決め、ギュッと目を閉じたままトランクを開けた。
「異常なしです!」という声が聞こえ、そっと目を開けるとそこには想像していたものは何も無かった。
スポーツバッグがあるだけで、中にはジム用のウェアと赤いタオルが無造作に置かれているだけだった。
修は極度の緊張からの安堵に膝の力が一気に抜け、その場に尻もちをついた。
関越自動車道に入ると順調に流れ、このままいくと2時には軽井沢のインターを抜けることが出来そうだ。
「次のパーキングで止めて」とセレブ妻が言い出した。
無事検問を突破し、今までの緊張感から解放された修は、これで一息つける!と思ったのも束の間、
「一緒に来て!」と言われ、渋々併設されたレストランに入る。
席に着くと彼女はたまごサンドと紅茶を注文したにもかかわらず
「私、たまごアレルギーだから、あなた食べなさい」と命令口調で言う。
(まさか、俺のためにサンドウィッチを頼んだ?いやいや、この女に限ってそれはないだろう…)と否定する修。
さらに、園田に送るから一緒に写メ撮ろうと言われ、彼女は自分の携帯でツーショット写真を撮りだした。
その後は妙に優しくパンを食べさせたり、腕を組んだり、やたら馴れ馴れしい。
車に戻ると再び最恐セレブ妻に戻り、「携帯貸して、早く!」と命令口調になる。
(自分の携帯使えよ)と思う間もなく修からスマホを取り上げ、勝手に操作し始めるが、手袋をしているのでうまく操作できず、
『だからスマホ嫌いなのよ!」と呟きながら手袋をはずし、どこかへ電話をかけ始めた。
別に聞いていた訳ではないが、会話の内容が耳に入って来る。
「聖子ママ?マリアです…今日お店お休みするので…」
どう考えてもクラブママとホステスの会話だ。セレブなのにクラブでバイト?
何とか2時には軽井沢のインターを通り過ぎた。
すると今度は買い物がしたいと言い出し、おしゃれな店の立ち並ぶエリアをふたりで歩くことになる。
それにしてもこの女の真っ赤なドレスは目立ちすぎる。
すれ違う誰もが羨望の眼差しで振り向き、一緒にいる使用人のような地味でさえないツレを二度見する。
にもかかわらず、この女は人前ではやたら笑顔で修の腕に手を回し、まるでカップルのように振る舞う姿が気持ち悪い!
散々カードで買いまくった服やら靴などの紙袋を持たされ、ようやく時間通りに別荘へとたどり着いた。
「仕事終わったので、帰ります」と言うと、
「まだよ!荷物を全部運んでかたづけて」と一段と厳しい最恐妻になっている。
一刻も早くこの場を離れたい気持ちを押さえ、大金を頂戴している都合上、サービス残業に取り掛かる。
別荘の中は2階まで吹き抜けのログハウス調で大理石の床、鹿のはく製と薪ストーブの標準装備、よく知らないがオークションで落札するような絵画や置物がところ狭しと飾られている。
その後、さらに2時間かけて部屋の掃除までさせられた。
「じゃあこれで失礼します」とドアから出ようとすると、
「待って、最後に乾杯」
いつの間に用意したのか二つのグラスが用意され、出発前に園田から渡されたシャンパンボトルを手渡され、注げと目で促す。
この時はじめてサングラスを取った顔を見た。
美人の部類に入るのだろうが毒々しい。
もっと驚いたのは、さっきまでの長い黒髪が金髪のショートになっている!
「びっくりした?これカツラだから。飲んだら帰っていいよ。」
これ以上金持ちの余興につきあう気はない!
渡されたグラスを一気に飲み干すと、さっさと別荘を後にした。
ふと胸騒ぎがして振り返ると、さっきまで一緒にドライブしてきた白のアウディのテールが寂しそうにコチラを見ている。
曲がりくねった坂道を下れば「軽井沢駅」まで歩いて行ける。
別荘地を抜けたあたりまで来た頃、ものすごい眠気に襲われた修は、膝から崩れ落ち、その場に倒れた。
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