第3話「俺、高額報酬」

 その日、近くの貴金属店に強盗が入り、拳銃のようなものを持ったまま逃亡中のため、あちこちで検問が始まっていたーー。


男の名前は園田。IT長者で相当な金持ちらしい。


 修は園田に誘われるまま、彼の自宅まで連れて行かれる。

園田の自宅は天高くそびえ立つタワーマンションの最上階にある勝ち組の城だった!

床は白の大理石、全面ガラス張りの窓からは正面に新宿副都心、その向こうは六本木だろうか、東京タワーにスカイツリーも見える。

勝ち組の眺望とはこのことなのだろう。


 腰まで沈むソファに座ると、分厚いガラステーブルには食べかけのタマゴサンドと紅茶を淹れた高級そうなカップが3組。

他に誰かいるのだろうか…?

園田は修にはミネラルウォーターのペットボトルを出してきた(扱いの格差には慣れている)。


 仕事内容は簡単なもので、園田は京都で会議があり約束していた軽井沢の別荘には行けなくなったため、へそを曲げている妻を代わりに別荘まで運んで欲しいというものだった。


時給を聞かれたので「時給1,100円。」と答えると、ありえないとでもいいたげに呆れた顔で

「8時間働いて8,800円か・・・。ボクの時給は100万だから一日800万は稼げるよ」と自慢げに言い放つ。


「じゃあ今から出発して2時間あれば向こうにつくから、交通費もふくめて200万円払おう」


一瞬耳を疑ったが、生まれて初めて帯で巻かれた福沢諭吉×100枚2束を手渡された!

ズシッとくる存在感!思わぬ大金に困惑し、まずはトイレで落ち着こうと思い、ソファから立ち上がるとリビングを出た。

トイレはリビングを抜けて通路の一番奥にある。


 リビングに戻る途中、来る時は気づかなかったが扉が少しだけ開いている部屋があり、通りすがりにチラッと中を除く。

ドアの隙間から見えたのは赤い服の裾から女性の足らしきものが見えた。

しかも、ただ寝ているようには見えない、足から上は判らないが生気を感じられない、まるで放置されたマネキン人形のようだ。


「まさか、死んでる?」

確かめたくて、少し震えながらドアに手をかけようとすると、別の手が伸びてきてパタリとドアを閉めた。


振り向くと園田がいる!

顔は笑っているが目が笑っていない。

ヘビのように怖ろしい目で睨みながら

「もう一つ仕事を頼みたいけどいいかな?」


準備をする間10分程待たされた後、園田は洗濯機を最新型に入れ替えたため不要になったものを地下の粗大ゴミ置き場まで一緒に運び出して欲しいと言う。


 大型家電の配送は経験あるので慣れている。

いつものように持ち上げようとすると(重いぞ!)。

ふつう洗濯機は20㎏前後だが、この箱は40㎏以上ありそうだ!

頭の中で女の人一人分くらいかなと思うと、つい10分前の光景が頭を過ぎる。


修がほぼひとりでゴミ置き場に運び出すと、一緒に運ぼうと言いながら手伝いもしない園田は、

「上に妻がいるから呼んできてくれないか」と鍵を渡してきた。


かなり人使いが荒いな…と思いながらも破格の報酬を手にした修とっては、こんな楽な仕事があるんだと、少し浮かれ気味だった。


最上階で降り玄関ドアを開けると、そこには赤いドレスの女がハイヒールを履いてポーチに立っていた。

よかった…生きてた…と胸を撫で下ろした。


「行きましょうか。運転よろしく。」

と真っ赤なルージュの口が命令口調で言う。


長い黒髪で背中が大きくVカットされた膝丈の赤いドレスはとても目立つ。

さらにつばの広い黒の帽子と大きなサングラス、レースの手袋までつけ

「見よ!これがセレブよ!」と言わんばかりのコーディネートである。


地下駐車場につくと女は手にしている高級ブランドのボストンバッグを修の胸元に押し付け(持て!ということなのだろう)ヒールの音を響かせながら、先を歩いて行く。


白いアウディの後ろに園田は立っていた。

女はさっさと後部座席に乗り込み、キーを預かろうと車の後ろに回った時だった。

トランクから赤い布状のものが僅かにのぞいているのが見えた。

園田もそれに気づいたのか、少しだけトランクを開けると、はみ出ているモノを押し込みバタンと閉め、鍵を掛け、(ここに触れるな!)という目をしている。


「やはりやめよう、見なかった事にしてここで引き返そう、お金もいらない、今ならまだ間に合う!」


 何とか断ろうと腹の具合が悪いとか、母が病気でなどと言ってみたが軽くあしらわれ「もう共犯者だよ…」と意味深な一言を浴びせられ、固まる修。

何より金を受け取ってしまった負い目と本人確認のため免許を見せてしまった後悔、なにより執念深そうなヘビの目の脅威に逆らえない。


「別荘へのルートはカーナビが教えてくれるから指示通りにいけばいい!あと強盗事件でパトカーが多いが気にすることはない、ただしトランクは絶対開けるな!」


園田は女に「明日の朝、別荘で乾杯!」と言うと高級そうなワインのボトルを渡し、修には「検討を祈る」とだけ言うと京都での会議に出席するため東京駅へ向かった。


後ろの席から女が「早くして」と促すように顎で合図する。

ゆっくりとアクセルを踏み、エレベーター前を抜け、ごみ置き場の前を横目で見ながら通り過ぎる。

先刻運んだダンボール箱は小さくたたまれ、ゴミの上に積み重ねてあるが、廃棄予定の洗濯機はどこにも無かった。


 暗い地下駐車場から地上に出ると、ギラギラした夏の強い日差が突き刺さる。

今までの時間は何だったのだろう?

現実に戻った修はすべてを理解した!

今日の自分の仕事は、トランクに赤い服を着た何かを積んだ車にセレブ妻らしき女を乗せ、警察の眼をかい潜り、無事目的地まで届けることなのだ!

そして何らかの共犯にされるのだ。


時刻は午後1時、恐怖のドライブのスタートだ。

そしてナビの指す関越自動車道の入り口では早くも検問が……!




















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