08話.[別の意味で怖い]

「どうだ?」

「お、美味しい……ぞ?」

「その反応を見るに、駄目だったんだな……」


 よくおかずをくれるようになったからそれならとこちらも作って持ってきたが、逆効果になってしまったみたいだった。

 母すら冷たい顔で「美味しいわねー」なんて言ってくれたのにこれだ、無理やり美味しいなんて言ってくれたものだから余計にダメージがでかくなる。


「も、問題ないから気にするなよ」

「ちょっと飲み物を買ってくる」


 自動販売機の前にちょっとした座れる場所があるから座ってのんびりとしていた。  

 ときには冷たい風もいい方へ働いてくれる、色々なものをぶっとばしてくれた。


「普通に問題なく食べられたけどな」


 もしかして味覚音痴なのか? でも、嫌いな食べ物以外については不味いと感じたことがないから別に悪いことではない……よな。

 余計なアレンジをしたというわけでもない、卵を焼いただけ、もちろん焦げた物を食べさせたりなんかもしていない。

 それでも駄目なら絶望的なまでに調理能力がないということになる、掃除をしてと言うことはあってもご飯を作るのを手伝えと母が言ってこないのはそういうことなのかもしれない。

 どうして言わないのかが分かったような気がしてこれまたダメージを受けた、飲み物に頼りたいところだがこれ以上は金を使いたくない。

 なので歩くことにした、昼休みは誰とも絶対に会うことのない暗闇にでもいればいいだろう。

 俺みたいなのにはそういうところがお似合いだ、自分を守るためにも一刻も早くそういう場所を探さなければならない。


「心配するなって、本当に大丈夫だから」

「って、なんで反対の校舎にいるのにいるんだ?」


 止められていることよりもそのことの方が気になってしまった。

 足音も聞こえていなかった、それなのに俺の前にいるのはおかしい。


「正秋が行きそうなところぐらい簡単に分かるだろ」

「そうか、ならこれ以上移動しても意味はないな」

「って、俺から逃げるためだったのかよ……」


 当たり前だ、あれならまだ不味いと言ってくれた方が良かった。

 食材に申し訳ないということだとしても変わらない、それならもう調理は○○に任せた方がいいと言えばいい。


「ああいう反応は一番嫌だ」

「お、……こういうときはちゃんと言ってくれるんだな」

「でも、もう終わった話だからやめよう」


 廊下でも気にせずに座って一平を誘う、そうしたら大人しく従ってくれた。

 精神ダメージがすごかったから色々な意味で支えてほしくて寄りかかった。

 頭を支えたりするだけでも疲れるものだ、傷つけられたんだからこれぐらいはしてもらってもいいだろう。


「お、重い……」

「さっきご飯も食べたし、飲み物も飲んだからな」

「い、いや、単純に身長差の問題だろこれ……」


 そんな離れてはいないし、あまり食べるタイプではないから重いわけではない。

 別に重たいと言われても女子ではないから傷ついたりはしないが、先程から似たようなことばかりしている。

 つまり全く反省をしていないということは確かなので、


「ぐぇー……」


 更に体重をかけておいた。

 こちらはおお、これはリベンジができているのかもしれないと喜んでいた。

 これはどこからどう見ても、誰が見てもいちゃいちゃしていると言えるだろう。

 この程度のことであれば恥ずかしがらずにできる、最近は求めてくることも多いから彼的にも満足できるのではないだろうか。


「よし、ちょっとすっきりしたよ、これで午後の授業にも集中できる」

「ひとりで満足しているんじゃない」

「そろそろ戻ろうぜ、教室まで意外と遠いから戻らないと急ぐ羽目になるし」


 なにか文句があるなら家で聞けばいい、俺達はなんだかんだで喧嘩にはならずに済んでいるから大丈夫だ。

 それに彼なら高い集中力で数時間ぐらい先程のことを考えずにいられる、いやそれどころか放課後になったらもう忘れている可能性すらあった。

 友達が頑張っているのにこちらだけ適当にやるのは違うため、テスト週間ぐらい勉強に対して真面目に向き合った。


「一平、菓子かなんかを買ってから家に行こうぜ」

「駄目だ、今日は正秋の家だ」

「どっちでもいいよ、ちゃんと付き合うから安心してくれ」


 ある程度発散させておけば「んわー!」とか叫ばれて緑が驚く、なんてこともなくなる。

 不安になってしまうようなきっかけをなるべく作りたくない、自分自身もこれまで以上に気をつけなければならない。

 だが、気を使えば使うほどいいというわけでもないというのが難しいところだ。


「俺らが仲良くしているところは教育に悪いからな」

「菓子が気になって勉強にも集中できなくなるかもしれないな」


 俺でもそういう欲に負けるということはそれなりにあった。

 しっかりしていても美味しい食べ物があれば気になるものだろう、だから全部が全部間違っているというわけではない。

 そもそも喋り声なんかも邪魔にしかならないだろうし、俺の家でと止めてくれたのはありがたいことだった。




 二月になった。

 二月になっても特に俺らは変わらない、それはクラスメイトも同じことだ。

 一平は友達と楽しそうに話している、意外と女子が少なかったりもする。

 中学のときはそれはもう色々な部の女子と話していたから本当に意外だ。

 やっぱり運動部に所属しているということが大きかったのか? スポーツをしているから尚更格好良く見えたということか。

 女子からしたら汗をかいていても汗臭さよりも爽やかさがやばそうだ。


「あ」


 そういえば今日は母が頼んだ荷物がくるとかなんとかで早く帰らなければならないんだった。

 頼まれたわけでもないのにどうして残っていたのかという話だ、早く帰って待っていることにしよう。


「まだまだ気温は変わらなさそうだ」


 なんなら酷くなるぐらいか、緑が風邪を引かなければいいが。

 もう本当に近すぎてなんて言ってやればいいのかがまるで分からない、そのためあれからまたあっちの家には行かなくなっていた。

 勝手に一平が来るから問題になっていないだけで、受験が終わった後にどうなるのかは……。


「ただいま」


 いま少し気になっているのは実はそのことではなく母がなにを頼んだのかということだった。

 美容グッズとかの可能性は高い、花を育てたりはしていないから土とかそういうことはないだろう。


「って、全然こないんだけど……」

「ただいま」


 それどころか母が帰ってきてしまったという……。

 自宅で休めていたことには変わらないのになんか損した感じがやばい。


「なにを頼んだんだ?」

「充電池よ、リモコンのために毎回電池を買っていたらもったいないから」

「おお、なんかハイテクって感じがするな」

「便利なのは確かね。あ、いまさらだけど十八時過ぎに配達してもらうように頼んでおいたから問題なかったわ」

「そんなことだと思ったぜ……」


 道理でこないわけだ、まあ俺のミスではないなら気にしなくていいか。

 部屋に移動してベッドに寝転ぶ、この時間にここにひとりで過ごせるのは久しぶりだから悪くない。

 大好きなベッドに寝転んでいるだけでも微妙さが消えていく。


「正秋」

「一平が来た、だろ?」

「は? 違うわ、ちょっと下に来なさい」


 付いて行ってみても一平がいたり緑がいたりすることはなく、母は腕を組んでこちらを見てきただけで。


「あ、なんで緑を連れてこないのか、ということか? それなら受験勉強で忙しいからいまは諦めてもらうしかないぞ」

「じゃあ遠いじゃない」

「受験が終わったら絶対に連れてくるよ」


 って、わざわざまた一階まで連れて行ったのに言いたいことはそれかよ……。

 あ、冬で運動不足状態に陥っているからなるべく動くことでなんとかしたいということか? それなら俺もそうだから悪いことばかりではないが……。


「は、話は終わりか?」

「あんたは部屋にこもり過ぎなのよ、たまには付き合いなさい」

「よし、それならご飯を作ろう、この前一平に微妙な反応をされて――肩を押さえてどうした?」


 そんなに力を込めて押さえられていたら移動することができない。

 まさか実の母親が手伝うと言っている息子の邪魔をするわけがないだろうし、母にも寂しいときがあるということなのかもしれない。


「まあ学校に行って疲れただろうし、座っておけばいいわ、そのかわりここにいることを守りなさい」

「まあまあ、母さんこそ座っていてくれよ」

「駄目よ」


 課題もないからやることがない、口数が多い母というわけではないから静かな空間になりそう――というところで、


「おーっす、俺が来たぞ」


 一平が来てなんとかなりそうになった、母は彼のことを気に入っているから母的にも悪くはないだろう。


「気づいたら教室からいなくなっていたから探したんだ、でも家にも来ていないって緑が言うからさ」

「母さんに頼まれて荷物を受け取るために先に帰ったんだ」

「なるほどな、あ、こんにちは」


 母は別に俺にだけ冷たい顔をするわけではない、一平に対しても同じだ。

 異性があまり好きではないのかもしれない、汗臭いとか暑苦しいとかよく言っているからゼロではないと思う。

 じゃあ父は? となったらそれはそれというやつなんだ。


「一平、どうして緑も連れてこないのよ」

「え、それは勉強を頑張っているわけですし……」

「はあ、可愛くない男子達ね」


 彼の両親と話しているときだって言うときは言うからたまに心配になる、あとほとんどと言っていいほどそこからこっちにも飛び火するから怖いんだ。

 ちなみに酒を飲んだ場合には逆に大人しくなるから不思議な存在だと言えた、勝手に酷くなるといったような偏見があるのは確かだが。


「そう言わないでくださいよ、ほら、俺で満足してください」

「じゃああんたでいいから手伝って」

「分かりました」

「嘘よ嘘、部屋でゆっくりしていなさい」


 まあでも、やっぱり厳しいだけの人ではないか。

 よく見てくれているし、気にかけてくれている、俺もこういう人になりたい。


「じゃ部屋で正秋といちゃいちゃしてきます」

「はいはい――え? 嘘よね?」

「え、嘘じゃないですけど、俺らそういう関係なんで」

「え」


 あーあ、後で酷いことになりそうだ。

 先延ばしにする人間性ではないが怖いから部屋に逃げた。


「おい正秋、緑が凄え怒ってんぞ」

「あ、だから来たのか?」

「そうそう、家で敬語で『なんであの人は来ないんですかね』とか呟いているんだ」


 これもまた逆効果になってしまったということなのか? でも、俺が行ったところでなにかができるどころか邪魔になるだけだよな。


「『連れてこないと怒るから』とも言われているんだ、だから来てくれ」

「行ったり行かなかったりすることが良くないだろ、いま中途半端なことをするのはそれこそ邪魔に――」

「正秋を連れて行かないと俺が怒られるんだ! だから頼む!」

「でもな……」


 そもそもこちらの問題をなんとかするべきだろう。

 いつまでもこのままではいられない、適当に言われたくないからはっきりしておく必要がある。


「一平、ちょっとここに座ってくれ」

「まあ、来てくれるなら後でもいいけどさ」

「一平は本気でそうするつもりはあるのか?」

「だからそうしないと怒られるんだって」

「違う、俺と……ってやつだ」


 彼は少しだけ考えるような仕草をしてから「ああ」と分かってくれたみたいだ。


「それだって当たり前だ、適当に言うわけがないだろ」

「そうか、じゃあ試しに一ヶ月、やってみるか」

「えぇ、なんかそれだと長続きしないみたいで嫌だな」

「俺がよく分かっていないからだよ、だけどそれは受け入れるわけだから他とは違うだろ」


 他の男子が相手ならこういう話すらないと思う、だから可能性があるだけマシではないだろうか。

 俺も本当にこうなるとは全く考えていなかった、これも小学生のときの自分に言うことができたらどういう反応をするのか……。


「じゃあ行こう、緑に怒られたくないから」

「えぇ、自分を守るためかよ……」

「いいだろ、一平は細かいことを気にしすぎだ」

「いや、正秋だけには言われたくねえぞ!?」


 ハイテンションだなあ、そしてこれこそが彼らしいと言えてしまうのが笑えてしまうところだ。

 あんな会話をした後も同じままというのはすごい、俺は緑のことを出して逃げようとしてしまったから尚更そう感じる。


「は、入るぞ」

「お、おう」


 まあでも、部屋にこもりがちという話だったからリビングにいるということはないだろう。

 だからすぐに試されることにはならない――と思っていたのだが、


「正秋さん、そこに座ってください」


 二階からそう言われて廊下に座る羽目になった。

 奇麗だから構わないと言えば構わないが、今回もまた一平が逃げたから不公平感がすごい。


「あなたは極端な人ですね、来たり来なくなったり」

「ほら、いまは本当に大事な時期だから、受験が無事に終わったら毎日行こうと考えて……だな」

「余計なことを考えすぎです、それに私は去年よりいまの方が不安にならずに済んでいますからね」

「でも、俺が行っても特に緑的にはメリットが……な?」

「な? と言われても困ります、勝手に決めつけないでください」


 冷たい目、冷たい顔、笑顔も効果的だが悪い方にも効果的だ。

 そうされた側の俺としては縮こまることしかできない、あといい加減一平には出てきてほしかった。


「お兄ちゃん」

「こ、ここにいるぞ」

「お兄ちゃんも正秋さんがどうするのかなんて分かっているんだから連れてきてよ」

「い、嫌そうにしているのに無理やり連れて行くわけには……」

「はあ~、受験のことより正秋さん達のことで疲れちゃうよ」


 大丈夫だ、もう少しで三月になるから嫌になるほど顔を見ることができる。

 とりあえず一ヶ月だが彼氏になったわけだし、少し時間が経過した頃に「も、もう来ないでください」と言われるだろうな。


「そうだ正秋さん、四月から学校でよろしくお願いします」

「んー、緑は来てくれる感じが……」

「行きますよ、逃しませんよ」


 えぇ、今度は別の意味で怖いぞ……。

 隣を見てみたら「撤退しよう」と口パクで一平が言ってきたものの、残念ながらそんなことができるような雰囲気ではなかった。

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