カラルタン島-4

 商会メンバーにラコットたちの案内を任せ、奏澄はメイズと共にアントーニオのいる店へと戻った。もしかしたらまた外で作業をしているのではないか、と思ってのことだったが、店周辺に姿は無かった。おそらく中に戻ったのだろう。

 客として訪れたわけではないので、店の営業時間中は迷惑になるだろうと考え、奏澄は店が閉まる頃に出直すことにした。


 時間が空いたため、奏澄はカラルタン島を散策することにした。島を広く歩いて回ることで、何かがあれば、セントラルの時のように感じ取れるかもしれない。

 店が立ち並ぶ開けた場所から奥へ奥へと進めば、緑が深まっていく。ジャングルと言っても差支えないだろう。見たこともない虫が横切るのを目にした奏澄は、大きく肩を揺らした。


「カスミ、そろそろ引き返した方がいい」

「確かに、足場がだいぶ不安定になってきたかも。でも、気をつけて歩けばいけないことも」

「それだけじゃない。このあたりまで来ると、毒のある虫や生き物も」

「痛ッ!」

「カスミ!」


 声を上げ、しゃがみこんだ奏澄にすぐさまメイズも膝をついた。


「どうした」

「なんかに……噛まれた……」

「言った側から」

「面目ない……」


 なんて見事なフラグ回収、と言わざるを得ない。

 ふくらはぎのあたりを押さえる奏澄を、メイズは有無を言わさず抱えあげ、近くの岩場に座らせた。


「何に噛まれたのかわからないから、念のため血を吸いだしておくぞ」

「吸いだす……って」


 それは、フィクションでよく見る、あの。

 認識した途端、ぶわっと顔に血が集まり、直後に下がっていく。いや、恥ずかしい、のもあるがそれ以上に。

 あれはただの民間療法で、口は粘膜だから、吸い出す方法は推奨されていなかったはずだ。


「あ、だ、大丈夫! 自分でやるから」

「自分じゃ無理だろ」


 裾を捲り、傷口の上あたりを布で縛りながら至って冷静にメイズが言う。


「そうじゃなくて、これで」


 自分のナイフを取り出した奏澄に、メイズはぎょっとした。


「しまえ」

「いや、これで傷口を切って、血を」

「わかるが、しまえ。傷が広がる」

「でも……ッ」


 奏澄が引かないのを見越したのか、メイズは奏澄の抗議を無視してふくらはぎの傷口に吸いついた。


「~~~~ッ」


 痛いやら恥ずかしいやら心配やらで奏澄は声にならない声を上げた。

 ロング丈だったのに。まさか裾から入ってくるなんて。今後のために裾まで入るロングブーツを買わなければならない、早急に。などと取り留めのないことを考えることで、何とか意識を逸らした。

 メイズは数回吸っては吐き捨ててを繰り返し、最後に傷口を水で洗い、自身も口を濯いだ。

 奥地に入るからと水を持ってきていて正解だった。


「戻って一度医者に見せるぞ。痛みや熱が出たらすぐに言え」

「あ、ありがとう。メイズこそ、大丈夫? 口の中痺れたりとか、してない?」

「問題無い」


 言って、メイズはカスミの前にしゃがみこんだ。


「ほら」

「え……え?」

「歩けないだろう、背負っていくから」

「あ、歩ける歩ける! 全然歩けるよ!」


 こんな足場の悪い所を背負わせるなんてとんでもない。それに、足を折ったわけでも切ったわけでもなく、噛まれただけだ。そんな大げさな傷じゃない。


「万が一毒だったら、歩くと回るだろう」

「いや、そんなすぐには」

「これ以上問答するなら抱えるが」

「……オネガイシマス」


 セントラルで一度抱えられている奏澄は、大人しく背負われることにした。


「お手数おかけします……」

「慣れてる」

「ぐうの音も出ない」


 奏澄は申し訳なさから、重いよね、と言おうとして、止めた。重いと言われてもショックだし、軽いと言われても比較対象はおそらく成人男性だろう。参考にならない。自分で自分の首を絞めるだけな気がした。


 首を、絞める。


 ふっと思い立って、奏澄はメイズの首に回した腕に、少しだけ力を込めた。

 ぴくり、とメイズは反応したが、何も言うことは無かった。

 この人の、首を絞められる位置に、自分はいる。

 当然そんなことを実行しようものなら即座に落とされるだろうが、急所を晒していることに変わりはない。

 そのことが、何故だか少し、奏澄に優越感を与えた。

 



*~*~*




「この噛み痕なら、毒の無い種ですね。傷口の消毒だけしておきましょう」


 島の診療所にて好々爺然とした医者からそう言われ、奏澄はほっと胸を撫で下ろした。外で待っているメイズにも早く伝えてあげたい。きっと心配していることだろう。


「でも奥地に入るなら、もっとちゃんとした装備で行かないと駄目ですよ。袖口や裾、襟なんかも詰めないと」

「気をつけます……」


 当然のことを諭され、恥ずかしくなる。いい大人が、情けない。


「あんな方まで、何をしに? 食材を探しにって風にも見えないですが」

「あ……えっと、探索、というか。その、この島に、何か変わった場所ってないですかね?」

「変わった場所……ですか」

「ざっくりしていてすみません」


 医者は少し考えるそぶりをしたが、首を振った。


「特に変わった場所は無いですね。変わった食材ならありますが、それだってほとんどはどこかの店が見つけていて、提供されてますから」

「そうですよね……。ありがとうございます」


 そううまくはいかないか。少々気落ちした様子の奏澄に、医者は気をつかったのか、言葉を続けた。


「観光だったら、西の海岸近くにある『トラモント』というダイニングバーがおすすめですよ。夕日が綺麗に見えるとかで、カップルに人気みたいです。時間的にもちょうどいいんじゃないですか」


 奏澄は一瞬きょとん、とした後、すぐに気づいた。おそらく、メイズと恋人同士だと思われているのだ。


「あ、ありがとう、ございます」


 わざわざ訂正するのも変な気がして、照れ笑いでごまかした。メイズがこの場にいなくて良かった。

 メイズが、いない。

 そう思うと、ふつふつと好奇心が湧き上がる。その疑問を、奏澄は思い切って口に出した。


「その……どうして、カップルだって、思ったんですか?」

「おや、違いましたか? それは失礼を」

「ああ、いえ、その……結構歳が、離れているので」

「そうでしたか? 私くらいになると、多少の年齢差は同じに見えてしまうので」


 なるほど。奏澄の年代からすれば、五つも離れていればそれなりに上に見えるが、歳を重ねてしまえば、十や二十は大差ないのかもしれない。


「それより、随分とあなたのことを心配していたようでしたから。親密な関係なのかと」

「そんなに、心配、して見えました?」


 メイズのことだから、心配はしていただろう。しかし、奏澄の目には、人から言われるほどわかりやすく心配しているようには見えなかった。うろたえたりもしていなかったし、至って普通に奏澄を預けていたと思ったが。


「長く医者をやっていればね、わかりますよ。特に男なんて口下手なものですから。大丈夫かの一言もかけられないくせに、奥さんから片時も離れられない旦那とかね」


 それを聞いて、奏澄は思わず笑った。


「それ、先生のことですか?」

「さぁ、どうでしょうね」


 治療費を支払い礼を告げて、奏澄はメイズの元へ戻った。


「お待たせ」

「大丈夫だったか」

「うん。無毒だって。傷の手当てだけ」

「そうか」


 ほっとした様子のメイズに、奏澄は微笑んだ。自分のことで一喜一憂してくれるということが、不謹慎かもしれないが嬉しかった。

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