海賊団発足-3

「あーあ、ライアーが船長落ち込ませたー」

「オレのせい!?」

「ここは責任を取って、何か面白い余興をすべきなんじゃない?」

「えぇ……急な無茶ぶりするじゃん……もー」


 仕方ないな、と言いながら、ライアーは海賊旗を描いた紙をくしゃくしゃと丸めた。


「カスミ、見てて」


 それを手の中に収めて、数回握る動作をすると、ぱっと手を開いた。


「わ……」


 ライアーの手に乗っていたのは、小さな砂糖菓子だった。


「はい、どーぞ」

「ありがとう。すごい、どーやったの」

「秘密」


 に、と笑って指を立てる姿が大変サマになっている。

 しかしそれはマリーのつっこみにより数秒ももたなかった。


「どーせ女にモテるために習得したとかしょうもない理由でしょ」

「いいじゃん! ウケるじゃん手品!」


 理由は合っているのか、と苦笑しながら、奏澄は砂糖菓子を口に含んだ。優しい甘さに、心が解ける。


「さて、じゃぁ次はカスミの番だ」

「え、私余興なんて」

「歌ってよ、カスミ」


 驚いて、ごくりと菓子を飲み込む。


「船長、歌えるんですか?」

「歌えるっていうか……歌えはするけど、別に上手くは」

「いいからいいから。上手いとかじゃないんだよ」


 それは間接的に上手くはないと言っているのでは。

 奏澄は複雑な気分になった。自分でも上手いとは思っていないが、ライアーは奏澄の歌に惚れたと言っていたはずなのに、それはそれでなんだか納得いかないものがある。

 

「余興なんだから、気にすることないよ。あたしも聞いてみたいし、歌ってみなよ」

「えー……もう。どんなでも笑わないでね?」

「おかしかったら笑わせてもらうよ」

「もー!」


 そういうところは素直だから、おかしかったら本当に笑うだろう。でも、それもいいかもしれない。

 力を込めて立ち上がると、足元が少しふわっとした。今ならお酒が入っているから、羞恥心も少なくて済むかもしれない。


「一番、奏澄、歌いまーす」


 わざと余興っぽい名乗りを上げて、大きく息を吸った。立ち上がった奏澄に、何事かと他の乗組員も視線を向けた。それを気にしないようにして、声を出す。

 できれば伴奏が欲しかったなぁと思いながら、波の音を伴奏にして、海の唄を。

 あの時とは状況が違うのに、歌っていたら、やはりメイズを想った。海の唄だからだろうか。海を浮かべると、メイズが浮かぶ。それが気恥ずかしくて、歌っている間、メイズの方は見られなかった。


「ありがとうございましたー」


 一曲終わってお辞儀をすると、皆が拍手をくれた。指笛をくれる者もいて、照れくさくて、愛想笑いを向ける。


「なるほどねぇ。ライアーの言ってること、何となくわかったわ」

「え?」

「うん。上手くはないけど、あたしは好きだよ」

「ありがとう。でもその前置きいる? いるかな?」

「船長! あたしも好きですよ! 上手くはないけど!」

「ありがとう! エマはわざとかな!」

「気にしないでください。上手い下手はともかく、私も好きです」

「ローズ~……!」


 これは完全にからかっているだろう。リクエストに答えたのに、当のライアーは満足げにするだけで、フォローしてはくれない。

 いたたまれなくなって、奏澄はメイズのところに戻った。メイズの近くには他の乗組員がいたが、奏澄が戻るのと入れ替わりにいなくなった。


「メイズ、楽しめてる?」

「カスミ。向こうはいいのか」

「うん、充分話せたし。メイズは? 私邪魔しちゃったかな」

「いや、あいつらは……まぁ、気にするな」


 言葉を濁したメイズを不思議に思いながらも、奏澄はメイズの隣に腰を下ろした。


「さっき、なんで歌ってたんだ?」

「う……この距離なら聞こえてたよね。ライアーにリクエストされて」

「ライアーが?」

「一回、アルメイシャで歌ったんだ。それがきっかけで、ライアーは仲間になってくれたの」

「へぇ……」


 感情の読めない声で返事をされて、奏澄は戸惑った。あの歌で、と思ったのだろうか。それとも何か、気にかかることでもあったのだろうか。


「メイズはああいうの、嫌いだったかな」

「いや、いいんじゃないか」

「でも、下手だったでしょ」

「下手ってほどじゃないだろ」


 それはつまり、メイズからしても上手くはない、わけだ。さすがにこうも連続で上手くはないと言われると、何やらすごくいたたまれない。いっそ下手だと笑ってくれた方がまだ良かったかもしれない。

 飲まなきゃやってられない、とばかりに手近な瓶を掴んで、奏澄は自分の杯に注ぎながら喋った。


「あはは、お耳汚しを、失礼しました」

「いや、俺は――っておい、お前それ」


 ぐ、と呷った瞬間、喉に焼けるような熱を感じ、咳き込んだ。


「大丈夫か」

「っげほ、これ、強……っ」

「よく見ないで飲むからだ」


 頭がくらくらとするのは、アルコールのせいか、恥ずかしさで血が上ったのか。咳き込みすぎて涙が浮かんできた。


「ちょっと待ってろ、水持ってくる」

「すみません……」


 面倒をかけてしまった。申し訳なさと羞恥心で、奏澄は蹲った。酒で人に迷惑をかけないことを信条としてきたのに。いや、吐いてないし絡んでもいないから、まだセーフか。

 目が熱くて、瞼を閉じた。頭がふわふわとする。暑い。これはもう、水を飲んだら部屋で寝よう。




「――い、おい。――ミ」


 ぼんやりとした意識の中で、声が聞こえる。起きなければならない、と頭では思うのに、瞼が開かない。奏澄が思い通りにならない体に力を入れようと奮闘していると、力強い腕に抱きあげられた。そのことに安心して、力を抜く。この腕に任せていれば、大丈夫だ。

 暫く心地良いリズムに揺られていると、柔らかいものの上におろされた。きっとベッドに寝かせてくれたのだろう。


「あ……りが、と」


 絞りだすような掠れた声で礼を告げた奏澄に、メイズは少し驚いた様子で返した。


「起きてたのか」

「今、起き、た」


 起きたと言いながら、その様子は起きているとは言い難い。呂律は回っていないし、無理やり開けた瞼は閉じたり開いたりを繰り返して、気を抜けばまたくっついてしまうだろう。


「いいから、そのまま寝てろ」

「や……ほったらかして、きちゃったし」

「気にするな。多分朝まで飲んでるぞ」

「寝る支度も、してない」

「起きたらやれ」

「甘やかす……」

「……そういうつもりはないんだが」


 困惑した声から、本当に自覚が無いことがわかる。こういうところも、扱いに慣れていない印象を受ける。力の強い人が小動物を苦手とするのに似ている。加減を、線引きを、まだ量っている最中なのかもしれない。


「とりあえず、俺はもう戻るぞ」

「もう少し……」

「俺の戻りが遅いと、また色々言われるんじゃないか」

「それは別にいい……」


 と言うより、もう手遅れな気がする。勘違いはされるかもしれないが、幸いにもこの船にはそれを悪し様に言うような者はいない。なら、二人のことは、二人がわかっていればいい。


「何かしてほしいのか?」

「んー……そうだ。子守唄、歌って?」


 ちょっとした意趣返しのつもりだった。上手くはない、上手くはない、と言われすぎて、だったら他の人の歌も聞いてみたい、と。

 言われたメイズは、不機嫌そうに眉を寄せた。


「子守唄なんぞ知らん」

「だったら、知ってる歌なんでもいいよ」

「……俺は歌は苦手なんだ」


 苦虫を噛み潰すような声に、奏澄は逆に興味を持った。メイズがこんな反応をするのは珍しい。


「私の歌も聞いたんだし、おあいこでしょ。ここなら私しか聞いてないよ」

「…………笑うなよ」


 メイズは少しの間むっつりと黙った後、そう前置きをしてから小さく歌を紡いだ。

 低い声は心地が良かったが、何故か絶妙に音が外れていて、本人もそれをわかっているのだろう、眉間に皺を寄せて歌っているのがおかしくて、奏澄は小さく吹き出した。

 その反応は予想通りだったのだろう、特に怒ることもなかったが、メイズは照れ隠しのように軽く奏澄を睨んだ。


「笑うなって言っただろ」

「ご、ごめん、だって、そんな苦しそうな顔で歌う人初めて見た」

「だから苦手だって言ったんだ」

「ごめんって。でも私、メイズの声好きだよ」

「……そりゃどうも」


 それが世辞でないことは、多分伝わっているだろう。ぶっきらぼうに答える様子がなんだか可愛く思えて、奏澄は笑った。


「お前は楽しそうに歌うよな」

「そう?」

「ああ。それになんだか――懐かしい感じがする」

「懐かしい?」


 奇妙な感想だった。奏澄の歌う曲は全て元いた世界の曲だから、こちらの世界の人間に馴染みがあるとは思えない。懐かしいと思うような要素が、何かあっただろうか。


「なんだろうな。記憶の何かに似ているわけじゃないんだが……しいて言うなら、暖炉の火に似ている」

「それは――……」


 暖炉の火。それは、人を温めるもの。家を温めるもの。揺らめく炎。それそのものなのか、あるいは灯す人か、照らされる人か。

 メイズの語彙では出てこなかったが、その懐かしさが、例えば母親の温もりだとしたら。


「……子守唄、歌おうか?」

「いいから早く寝ろ」

「うん……おやすみなさい」

「おやすみ」


 奏澄の頭をひと撫でして、メイズは部屋を出ていった。




*~*~*




「お、メイズさんおかえりー」

「ライアー、お前それ何杯目だ」

「覚えてないし数えてもいない! 明日のことは明日考える!」


 その返事を聞いて、メイズは頭を抱えた。泥酔している様子はないが、セーブしている様子もないので、このまま放っておけば明日は使いものにならないかもしれない。


「ほらほら、メイズさんももっと飲みましょう」

「呑気だなお前は……」

「いやー、だって色々めでたいじゃないですか!」

「めでたい?」

「手掛かりが掴めたこととか、セントラルから逃げ切ったこととか、海賊団になったこととか!」

「ライアー、お前セントラルから逃げ切れたと、本気で思ってるのか」

「え」


 メイズの言葉に、ライアーは一気に酔いが冷めた様子で聞いた。


「どういう意味です?」

「あのオリヴィアが本気で追手をかけたのだとしたら、ろくな被害もなく逃げ切れたのは出来過ぎている」

「そんな……考えすぎなんじゃ」

「だといいんだがな」


 難しい顔をして、ライアーは酒を呷った。それはつまり、泳がされているということだ。何の目的があるのかはわからないが。


「それ、カスミには?」

「言ってないし、言うなよ」

「船長なのに?」

「確証の無いことで、不安にさせる必要も無いだろう」

「アンタほんと、カスミに甘いですよね」

「……そう見えるか」


 本気でわかっていなさそうなメイズに、ライアーは信じられないものを見る目を向けた。


「無自覚とかやめてくださいよめんどくさい」

「どういう意味だ」

「いやほんと……なんかオレの未来が見えるんで……」


 急に沈み始めたライアーを訝しみながら、メイズも酒を呷った。

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